部屋で休んでいた箒は、まるで足音も気配も感じさせないまま扉をノックして部屋の中に入ってきた二人を見て緊張した面持ちを浮かべていた。もちろん、返事をして自分で扉を開けて招き入れたので、いきなりずかずかと入ってこられたわけではないので、そこまで緊張する必要も無いのだが。
「お休みのところ、いきなり押しかけて申し訳ない」
「い、いえ! 問題ありません」
一夏に畏まった挨拶をされ、箒は必要以上に大きな声で答えた。その反応に、一夏の付き添いとしてやってきた碧は笑みを浮かべていた。
「そこまで緊張されるような話ではないのですが」
「篠ノ之さんは一夏さんに緊張されてるんですよ」
「俺に…ですか?」
何処に緊張するんだという表情で首を傾げた一夏をみて、碧はくすくすと笑う。その二人を、緊張した面持ちで眺めていた箒ではあったが、一夏が自分に視線を向けてきたので、別の緊張を覚えたのだった。
「とりあえず篠ノ之さんの国際指名手配は解除されました。これで、自由に外出する事が可能になります。もちろん正規の手続きはしてもらいますが」
「理解しています」
IS学園の生徒は、そう簡単に外出出来るわけではない。学園に申請を出し、それが通って初めて外出が許されるのだ。一夏のように、しょっちゅう学園からいなくなる方が特殊なのである。
「それに伴い、正式にIS学園への復学と、日本国籍への復帰が認められました」
「ありがとうございます」
立ち上がり一礼した箒に、一夏は小さく頷いて座るように促した。
「今日の訓練を見学した人が大勢いたお陰で、篠ノ之さんの現状の実力を把握したのか、それほど警戒心が強い人は殆どいなくなりました。ですが、皆無ではありませんので、その事を頭の隅にしっかりと残しておいてください」
「無論です。私は警戒されて当然のことをしてきたわけですから」
「今の篠ノ之さんがそんなに気にする事でもないんですけどね。正式に復学するにあたり、監視は織斑姉妹から更識関係者が担当する事になります。なるべく気配を感じさせないようにしますし、視線もさほど気にならない程度になると思いますので、見られている事は忘れてください」
織斑姉妹のように、あからさまな視線が無くなると聞かされ、箒は一安心したような表情で一息ついたのだった。
「さすがにルームメイトはまだですが、近いうちにこの部屋から移動できるかもしれませんね」
「そこまで高望みはしません。復学出来ただけでも十分ですので」
「そうですか。では、俺たちはこれで失礼させてもらいます。篠ノ之さんは、この必要書類にサインをお願いします。期限は三日ですので、出来るだけ早くお願いしますね」
そう言って一夏は大量の書類を箒の目の前に置く。さっきから気になっていた紙の束は、そう言う事だったのかと内心ため息を吐いて、箒は必要書類にサインをし始めたのだった。
箒の部屋から戻ってきた一夏は、部屋で寛いでいる刀奈たちを見てため息を吐いた。
「寛ぐなとは言いませんが、散らかし過ぎではありませんかね? 特に本音」
「お菓子はみんなで食べたから、私だけが散らかしたわけじゃないんだけどな~?」
「だが、持ち込んだのは本音だろ? 他の人がこれほどお菓子を持ち込むとは思えん」
床に散らばったゴミの数々を見ながら、一夏は頭を押さえながら本音を問い詰めた。
「まぁまぁいっちー。そんな難しい顔をしてると疲れちゃうよ~? はい、アメあげるね~」
頭を押さえている一夏の口にアメを入れ、本音はニコニコと笑みを浮かべる。これで許してもらえる、とでも思っていたのかもしれない。
「だから言ったんだよ。こんなに持って行ったら一夏に怒られるって」
「かんちゃんだって運んだんだから同罪でしょ~」
「私は本音が零したお菓子を拾っただけ。私にお菓子を運ぶ意思は無かった」
「う、裏切ものぉ~!」
簪の冷たい感じに、本音はあまり本気で怒っているようではない感じで簪の身体をポカポカと叩く。
「とりあえず、これはさっさと片付けてもらおうか」
「わかったよ、いっちー……でも、食べたのはみんなだからね!」
「本音がほとんど一人で食べてたような気もするけどね」
苦笑いを浮かべながら片付ける刀奈たちではあったが、どうやら本当に本音がほとんど一人で食べたようだと、他の人の雰囲気から感じ取った一夏は、盛大にため息を吐いたのだった。
「これだけお菓子を食べたヤツに、明日何か作らなきゃいけないのか……」
「それが罰ゲームだからね~」
「別に良いんだが、本音にだけは作りたくなくなるような気分なんだよな……」
「なんでだよ~! シノノンの問題がとりあえず片付いたんだから、景気よく行こうよ~!」
「お前は何処の中年サラリーマンだ」
本当にやる気が無くなるような事を言いだす本音に、一夏だけではなく刀奈たちも苦笑を浮かべため息を吐いたのだった。
「本音、もう少しちゃんとした方が良いって」
「これでも頑張ってるんだけどな~」
本音の言葉に、全員が揃ってツッコミを入れたのだった。
「お前の頑張ってるは、他の人間の普通にも届かないからな……もっとやる気を出せ」
一夏が代表でそう告げると、残りのメンバーは力強く頷いたのだった。
他の人が凄すぎる……