箒のデータを測定していた簪は、思いの外高かった結果に驚いていた。
「簪ちゃんが驚くなんて、相当な結果だったのね」
「お姉ちゃん? まぁ、一夏が想定してた数値よりは低かったけど、一夏は期待値を高く見積もってたから仕方ないけど、それを差し引いても結構な強さだと思うよ」
簪がデータを刀奈に見せると、そのデータを食い入るように刀奈が覗き込む。そして暫く動かなかったと思ったら、急に頷いて笑った。
「まぁ、このくらいならすぐにクラスメイトたちと対等に訓練出来るようになるでしょうね」
「篠ノ之さんと訓練したがるクラスメイトはいないと思うけど……」
「まぁ、今の箒ちゃんなら心配ないだろうけど、前の箒ちゃんの姿がフラッシュバックする可能性もあるからね」
「見た目が同じだからね……どうしても前の篠ノ之さんを思い出しちゃうのは仕方ないと思うよ」
言動や行動は前の箒とは比べ物にならないくらい大人しいが、どうしても見た目が同じだから仕方ないだろうと簪も思っている。だが一夏が今のところは大丈夫だと言っているので、安心はしている。
「とりあえず、箒ちゃんが暴走しないように私たちが見守っておかないとね」
「大人しくしてる分には、見てるだけでいいんだけどね」
「本当なら織斑姉妹が注意してなきゃいけないんだけどね……一夏君が『あの二人を過信すると痛い目に遭うかもしれない』って心配してるからね」
血縁だからこそ言えるのだろうが、一夏の織斑姉妹への信頼度の低さには、さすがの刀奈も若干顔が引きつってしまうのを隠せなかった。
「私もサボり過ぎると一夏君にああ思われちゃうのかしらね」
「てか、もう思われてるかもよ……」
「嘘っ!? あそこまでサボってないわよ、私!!」
「どっちもどっちだって……」
「お前ら、わたしたちが聞いていないとでも思ってたのか?」
今まで何も感じなかったのに、急に気配が生まれ更識姉妹は慌てて背後を確認する。するとそこには、話題に上がっていた姉妹の片割れが、恐ろしい表情を浮かべていた。
「ち、千夏先生……いらっしゃってたんですか」
「馬鹿箒の測定データを見せてもらうと思ってな。だがまぁ、随分と面白い事をはなしてたじゃないか」
「「ご、ゴメンなさい……」」
一夏がいるならともかく、この状況で千夏に怒られたら立ち直れないと判断した二人は、素直に千夏に頭を下げたのだった。
政府での用件を済ませた一夏は、引き留めて来る政府の人間を軽くあしらって建物の外へ逃げ出した。碧が隣にいたから表面上は取り繕っていたが、内心は恐怖に支配されていたのだから、普段より早足になっていたのは仕方のない事だろう。
「一夏さん、とりあえず落ち着ける場所まで移動しましょう」
「そうですね……ですが、建物から出ただけで大分落ち着きました」
「相変わらず上からの物言いですし、隙あらば一夏さんを政府に取り込もうとする感情が渦巻いていましたからね」
一夏が恐怖心を抱いてしまうのも仕方ないと思いながらも、碧は一夏の手を引いて建物から距離を取るべく歩き出す。
「そ、そこまでしなくても大丈夫ですから……」
「そう言う事は、今にも倒れそうな表情を改めてから言ってください。もちろん、表情を改めたからといって、私の目は誤魔化せませんけどね」
「護衛としても、碧さんが一番長いですからね」
素直に負けを認め、一夏は碧に手を引かれる。視界から視たくないものが消え、一夏は漸く落ち着きを取り戻し始めた。
「それにしても、篠ノ之さんの一件は更識に一任したはずなのに、何故政府に出頭を命じてきたんですかね」
「確かに、日本政府から世界に伝えるより、更識で伝えた方が効果は大きかったでしょうけどね」
「面子、というものかもしれませんけどね。そんなことを気にしてる時点で、面子も無いでしょうがね」
「そう言う事を言えるのは、一夏さんが日本政府の人間より大きい人間だからですよ」
「そうですかね?」
落ち着きを取り戻しても未だに手を握られているが、一夏は無理にその手を振り解こうとはしなかった。
「ところで、一夏さんの料理は何時食べられるんですか?」
「急に話題を変えましたね……今日はさすがに時間がありませんし……新学期にはまた直接出向かなければならない案件がありますから……明日ですかね」
「ですが、明日には各国から篠ノ之さんに関する抗議や意見書などが大量に送られてくると思いますよ?」
「発表するのは政府なんですから、そちらで片づけてもらいましょう。先ほどの書類に、そう書いておきましたから、こちら側に丸投げするのは、契約違反です」
「さすが一夏さん……すでに手を打っていたんですね」
「俺だって、たまには学園でのんびりしたいですからね……まぁ、出来ないとは思いますが」
箒以外にも問題は山積みなので、一夏が言うようにのんびりは出来ないだろうと碧も思っていた。だがそれでも、箒に関する抗議文書などが来ない分、一夏のスペックなら休む事は出来るだろうと信じていた。
「とりあえず今は、こうして碧さんと触れ合えてるわけですからね」
「他の子たちに怒られちゃうかもしれませんけどね」
そう言いながらも、碧の表情は明るいものだった。彼女もまた、一夏と触れ合えるこの瞬間に幸せを感じていたのだろうと、一夏はそう思っていたのだった。
碧さんは実に優秀だな