暗部の一夏君   作:猫林13世

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相手に不足は無いですからね


代表のトレーニング

 代表に決まったからと言って、遊んでいられるほど刀奈に時間は無い。既に来年に迫っているモンド・グロッソに向けて、実家である更識家でひたすら経験を積み重ねる事に集中していた。

 

「くっ! やっぱり虚ちゃんは強いわね」

 

「お嬢様、そんな笑顔で言われても嬉しくありませんよ」

 

「事実なのに。合宿所では、やっぱり候補生だと一枚落ちるのよね……かといって、織斑姉妹と模擬戦しようものなら、自信喪失しそうだし」

 

「中学生のセリフとは思えませんね」

 

 

 蛟と丙は、元々互いに大ダメージを与えられるように一夏が調整したISだ。少しでも油断すれば、あっという間にシールドエネルギーを削られるために、刀奈も虚も互いに最大の緊張感を保ちながら戦う事が出来る。だから刀奈は合宿所では無く実家で経験を積むことを選んだのだ。

 

「おーやってるねー」

 

「本音、少し静かに」

 

「集中してるから、本音ちゃんの間の抜けた喋り方でその集中が途切れちゃうよ?」

 

 

 二人の模擬戦を見学に来た簪、本音、美紀の声を聞きながらも、刀奈も虚もそちらに視線を向ける事無く模擬戦を続ける。

 

「後で本音にも相手してもらおうかしら」

 

「お嬢様相手に、本音が何処まで耐えられるでしょうかね」

 

「さぁ? それはやってみないと分からない、わ!」

 

「っ!」

 

 

 決めにかかった刀奈の攻撃を、虚は捌ききれずに直撃を喰らった。そこから一気に攻勢にでた刀奈に押し切られる形で、模擬戦は終了したのだった。

 

「いやー、やっぱり虚ちゃんは強いわ」

 

「全くこちらの攻撃を喰らって無いのに、よく言いますね」

 

「これでも日本代表ですもの。企業代表とはいえ虚ちゃんとは経験の差があるもの」

 

「織斑姉妹、ですか」

 

「あの二人相手は本当に死ぬかと思うわよ……」

 

 

 織斑姉妹と戦った時の事を思い出して、刀奈は軽く身震いをした。そんな刀奈を見た虚は、自分はそのような経験が無いから勝てないのだろうかと首を傾げたのだった。

 

「そうだ! 本音、相手してよ」

 

「ほえ!? 私じゃ刀奈様の相手なんて出来ないですよ~。役不足です~」

 

「本音、役不足の使い方、間違えてるぞ」

 

「あっ、いっちー! 間違えてるって?」

 

 

 背後からかけられた声に振り返り、本音は首を傾げた。

 

「役不足というのは、自分に対して仕事が簡単過ぎるという意味だ。だから本音の言葉をそのままにすると、刀奈さんじゃ相手にならないから、という意味になる」

 

「おお! カッコいいー!」

 

「……間違えてるんだから反省しろよな」

 

 

 思わぬところで勉強しなければならなくなった本音は、一夏から視線を逸らして刀奈に向き直った。

 

「じゃあ、私じゃ刀奈様の相手は務まりませんので、かんちゃんか美紀ちゃんのどちらかにしてください」

 

「でも、簪ちゃんも美紀ちゃんも専用機は持ってないわよ?」

 

「訓練機がありますよ~。更識には、いっちーが造った訓練機たちが沢山いますし~」

 

「あっ、その事なんだけど」

 

 

 専用機の件で思い出したのか、刀奈が手を上げて皆の視線を集めた。

 

「今度のモンド・グロッソが終わったら、織斑姉妹が引退するのよね。それで、新しい候補生、ひいては代表を探す為にまた選考会を開くらしいのよ。そこに簪ちゃんと美紀ちゃんを推薦したいんだけど……ダメ?」

 

「ダメって……別に私たちは嬉しいけど、一夏は大丈夫なの?」

 

「ん? 大丈夫って、何がだ?」

 

「だって、お姉ちゃんと虚さんと本音の専用機の整備もあるし、もし私と美紀が代表、もしくは候補生になったらまた一夏が専用機を造るんでしょ? 碧さんの専用機の整備だってあるだろうし、一夏の負担は大丈夫なのかなって……」

 

 

 簪が口にしたのは、ある意味当然の心配だった。いくらけた外れの技術力を持っているとはいえ、一夏の体力は平均より若干高いだけの平凡並みだ。だが一夏はその心配は無用だと首を横に振った。

 

「前に刀奈さんにも言ったが、二人の専用機を造る時間は、三日もあれば十分だ。それに、調整だってそれほど大変な作業じゃないし、むしろ俺の事を気にして代表になれるチャンスを棒に振るのだけは止めてくれ」

 

「ねぇねぇ、いっちーはISを動かせないの~?」

 

「あのなぁ……ISというのは女性にしか動かせないようになってるんだ。俺は男だぞ、動かせる訳が無いだろ」

 

「えー! でもいっちーはISの声を聞く事が出来るんでしょ~? もしかしたら、って事もあるかもしれないじゃないか~」

 

「本音、そんな事言って、自分が護衛しなくてもよくなるんじゃ、とか思ってるんじゃないんですか?」

 

「そ、そんな事ないよ~」

 

 

 姉に図星を突かれて、本音は視線を誰にも合わせないように逸らし続けた。

 

「まぁ、俺になら反応しても良い、と言ってくれるコアは確かにいるが、実際に動かした事が無いんだから分からん」

 

「じゃ、じゃあさ、今動かしてみようよ!」

 

「そうね。私も一夏君が動かせるのなら、トレーニングを手伝ってもらいたいし」

 

「代表である刀奈さんのトレーニングに付き合えるとは思えませんが……では試しに動かしてみましょうか」

 

 

 訓練機の前まで移動し、一夏は機体に触り心の中で念じる。すると打鉄は一夏の念に反応してしゃがみこんだ。

 

「おお! 動いた」

 

「やっぱり一夏君はISを動かせるんだね」

 

「……バレるとまた面倒な事になりそうですし、ここだけの秘密にしてくださいよ」

 

「分かってるって。ご当主様の言う事は絶対ですもの♪」

 

「……楽しんでますね」

 

 

 とりあえず打鉄を見に纏った一夏は、刀奈のトレーニングの相手を務めた。結果はもちろん、一夏の完敗だったが、それでも善戦した方だと一夏以外の全員は思ったのだった。




秘密が増える……

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