出かける予定になっているからか、刀奈はいつもより早い時間に目が覚めた。といっても、虚より早いだけで、一夏と碧は既に目を覚まし、二人でお茶を飲んでいた。
「おはよう……二人とも、何時に起きてるのよ?」
「一時間くらい前、ですかね?」
「そうですね。そのくらいですね」
「何時もそのくらいなの?」
「だいたいそうですね」
二人とも少し考えてから答え、再びお茶を啜った。
「刀奈さんも飲みますか?」
「いや、まずはうがいしてくる……」
寝ぼけ眼を擦りながら、刀奈は洗面所へ向かい、うがいをして顔を洗った。
「せっかくのお休みなんだから、もう少し寝てればいいのに」
「そうは言われましてもね……こればっかりは習慣ですから」
「刀奈ちゃんだって、何時もとあまり変わらないんじゃない?」
「それはそうですけど……二人はいつも以上に休むべきだと思うのよね」
せっかくの休暇中に、いつも以上に疲れては意味がない。だから刀奈たちは一夏になるべく休んでもらえるようにと、甘えたい気持ちを抑えているのだ。それなのに一夏は、普段と変わらない時間に起床し、こうしてまったりとしているのだ。
「寝てた方が回復すると思うんだけどな……」
「寝続けるのって、結構大変なんですよね。だからこうして起きてまったりしてた方が、俺にはあってるんだと思います」
「私もですね。常に気を張ってるのが癖になっているのか、寝ている間でも警戒してしまうんですよ。眼を閉じてる分、いつも以上に疲れてしまうので、寝てるよりかは起きて一夏さんとまったりしてる方が気が休まります」
「そんなものなの?」
不思議そうに首を傾げた刀奈に、一夏と碧は笑みを浮かべながら頷いたのだった。
続々と目を覚ましていく中、相変わらず本音は寝たままだった。
「この寝坊助娘、どうしましょうか?」
「おいていっても良いんですが、本音も楽しみにしていたのは確かですしね」
「でもお姉ちゃん、この辺りってちょっと小高い丘があるくらいだよね? 本音が楽しみにしてたのって何?」
「一夏君とお出かけする事、じゃないの?」
「それが正解でしょうね」
それほど景色が良いわけでも、一夏が弁当を作るわけでもないので、他に楽しみにすることと言ったら一夏と出かけられるという事だけだろうと、刀奈と虚は結論付けた。
「さて、そろそろ起きてもらわないとな。午後からは天気が下り坂らしいから」
「では、私の出番ですね」
「何だか楽しそうだな」
「いえいえ、気のせいですよ」
意気揚々と本音に近づき、耳元で大音量を発生させる闇鴉。周りの人間は耳を塞いでいるが、本音はダイレクトにその音を聞き跳び上がる。
「おはようございます、本音さん。そろそろ出かける時間らしいので、急ぎ用意をお願いいたします」
「ほえ~……もうそんな時間なの~?」
「あれだけの大音量を耳元で聞かされたというのに、何でまだ眠そうなんだよ……」
目を擦りながら立ち上がった本音に、一夏が不思議そうにつぶやく。その言葉に刀奈たちも頷いて本音を眺めていたが、何時もの事かと気にすることを止めたのだった。
「とりあえず着替えろ。散歩してる間に目は覚めるだろう」
「了解だよ~……」
「寝るな!」
本音の頭にチョップを喰らわせて、一夏は部屋から出ていく。いくら家族同然とはいえ、女子の着替えを見るような趣味は一夏には無かったのだ。
「まったく。本音は何時までも手がかかるわね」
「お嬢様が言わないでください」
「私は、自分で起きれるし、一夏君の前で着替えようとなんてしないわよ」
「お姉ちゃんならありえそうだけど、確かに私より先に起きてるもんね」
着替える事はありえそうだなと簪は思っていたが、確かに刀奈は自力で目を覚ましているし、簪や美紀よりも早い時間に起きている事の方が多い。
「とりあえず本音が着替え終えたら出発しましょう。一夏君が言ってたように、雲行きが怪しいものね」
「雨は降らないでしょうが、どうせなら晴れている内に出かけた方がゆっくり出来ますものね」
「ほえ~……着替え終わったよ~」
「それじゃあ、さっそく行きましょう」
まだ眠そうな本音を引きずりながら、刀奈たちは一夏が待っている門まで移動する。途中で本音のお腹が鳴ったが、誰も相手にはしなかった。
「お腹減ったよ~……」
「出かけると分かってて寝続けた本音が悪いんだから、お昼まで我慢しなさい」
「でも~! このままじゃお腹が減って歩けないよ~」
「なら、一人でお留守番してる? その間に私たちは一夏君とのんびり過ごすけど」
「それはズルいですよ~! いっちーを餌にするなんて、断れないじゃないですか~!」
「餌とは酷い言い草だな……ほら、おにぎり作ってもらったから、歩きながら食べろ」
「さすがいっちー! 用意が良いんだから~」
「一夏、本音を甘やかしすぎじゃない?」
「途中で寝られたら面倒だからな。自力で歩いてもらう為には、このくらいはするさ」
本音が寝てしまった場合、その場においていくか、一夏が背負って連れて帰るかの二択しかないので、それだったら起きてもらってた方がありがたいと一夏は思っていた。だからあらかじめ用意しておいたおにぎりを手渡す事で、本音が寝落ちする事を避けたのだった。
一夏を餌にすれば、大抵の女子は釣れるだろうな……