暗部の一夏君   作:猫林13世

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色々と普通ではない人たちですがね……


普通の親への気持ち

 虚、本音、簪、美紀の順に髪を洗い終えた一夏は、最後の一人である碧の髪を洗い始める。

 

「すみませんね、一夏さん。私まで洗ってもらっちゃって」

 

「碧さんだけ仲間はずれにするわけにもいきませんし」

 

「ほんとに、一夏さんは律儀ですよね」

 

「別に律儀とか、そういった事じゃないですよ」

 

「では?」

 

 

 互いに顔は見えないが、一夏は碧が笑っているのをなんとなく分かっていた。碧も、一夏が少し照れているような雰囲気を感じ取っているので、そういった表情になっているのかもしれない。

 

「一応、婚約者となっている他の人の髪を洗ったのに、碧さんだけ洗わないのは嫌っているから、とか思われたくなかったので……」

 

「そんな勘違いはしませんけど、ちょっと不貞腐れたかもしれませんね」

 

「こうして苦手な風呂に入って、皆さんを満足させられるのは、この程度しかありませんからね」

 

「長時間入ってると、一夏さんは逆上せちゃいますからね」

 

「元々湯船に浸かる習慣がないものですからね……」

 

 

 話しながらも、一夏は丁寧に碧の髪を洗っていく。絶妙な力加減に満足している碧は、終始笑みを浮かべたままである。

 

「ありがとうございます、一夏さん」

 

「何です、いきなり」

 

「一夏さんが私たちに心を開いてくれたお陰で、こうして楽しい毎日が送れてるんだなと、改めて思っただけです」

 

「それを言うなら、こんな俺を受け入れてくれてありがとうございます」

 

「私たちは一夏さんが好きで、大事に想っているから一緒にいるだけです。一夏さんは嫌だったら逃げ出せたんですから」

 

「初めはビクビクしてましたけど、皆さん優しかったですから」

 

 

 髪に着いた泡を流し、終わりだと告げる一夏に、碧は振り返って満面の笑みを浮かべた。

 

「一夏さんにだったから、私たちは優しく接する事が出来たのかもしれませんね」

 

「それはどういう……」

 

「刀奈ちゃんたちの周りには、男の子なんていませんでしたから。その中でも簪ちゃんは異性に対する免疫力が低かったですから、もしかしたら嫌がったかもしれなかったんですよ?」

 

「そうだったんですか……まぁ、今も俺以外の男子と接する機会など殆どないわけですからね」

 

 

 碧の言い分に納得したように頷く一夏。そこでようやく碧が自分の方に振り返っていると気づき、慌てて視線を逸らした。

 

「今更ですか?」

 

「……意識すると大変なんですから」

 

「普段はかっこいいですけど、こういうところは可愛いですよね、一夏さんって」

 

「高校生にもなって、可愛いと言われて喜ぶ男はいないと思いますけどね」

 

 

 少し不貞腐れた雰囲気で返す一夏を見て、碧はますます顔を綻ばせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早々に風呂から退場した一夏の話で盛り上がる刀奈たちだったが、さっきの一夏と碧のやり取りを思い出して問い詰める事にした。

 

「碧さんは、一夏君と何を話してたんですか?」

 

「特筆すべきことは何も。普通に一夏さんに髪を洗ってもらったことに対するお礼と、ちょっとした昔の話をしていただけです」

 

「昔の? それって、私たちが子供だった時のことですよね?」

 

「そうですよ。簪ちゃんが最初は一夏さんに対して苦手意識を持っていた事とか」

 

「なっ!? 何でそんなことを言っちゃうんですか!」

 

「今は違うでしょ?」

 

「それは……当然です」

 

 

 自分の噛み付き程度では碧の余裕を崩す事は出来ないと自覚し、簪は素直に負けを認めた。

 

「かんちゃんは男の子が苦手だもんね~」

 

「だって、凶暴で自分勝手で、今の世の中に文句ばっかり言って自分では何もしようとしないって聞かされてたからさ……」

 

「そう言えば、お父さんがそんなこと言ってたね」

 

「ISが誕生してから、世界は大きく変わってしまいましたからね……先代当主様が嘆いたのも仕方のない事でしたけどね」

 

「楯無様は何とかして世の中を変えようと模索されておりましたが、その志半ばでこの世を去られてしまいましたからね」

 

 

 一夏に可能性を見出しており、この子なら今の世の中を変えられるかもしれないと希望を抱いた矢先に、先代当主はこの世を去ったのだ。その事を知らないマドカとマナカは、無理に話に入っていくことはせず、黙って湯船に浸かっていた。

 

「マナマナもマドマドも、そんな顔しなくても平気だよ~。別に、悲しいお話ってわけじゃないんだしさ~」

 

「ですが、先代の楯無さんというのは、刀奈さんと簪のお父さんなんですよね? 普通の家族は、いなくなられたら寂しいものではないのですか?」

 

「確かに死んだって聞かされてしばらくは悲しかったし、泣いたりもした。でも、何時までもそこに留まってたら駄目だって分かってたからね。それに、一夏君が慰めてくれたから」

 

「ほんとに悲しかったし、何でお父さんがとも思った。でも、今はこうして泣かずに話せるようにはなってるから、マドカたちが気にする事じゃないよ」

 

「まぁ、私たちに普通の親の話は分からないからね。その意味でも黙って聞いてたんだけど、やっぱりお兄ちゃんは凄いんだね」

 

「結局はその結論に行きつくのね」

 

 

 マナカの導き出した結論に苦笑いを浮かべながらも、刀奈たちはそろって笑いあったのだった。




織斑家はさらに特殊ですし……

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