暗部の一夏君   作:猫林13世

510 / 594
違法賭博ではありません


小さな賭け事

 いざ洗ってもらうとなると緊張してしまい、刀奈の動きはかなりぎこちないものになってしまっていた。

 

「お姉ちゃん、なんだかカクカクしてない?」

 

「この前一回洗ってもらってるんですから、今更緊張しなくても良いと思うんだけどなぁ」

 

「お嬢様は変なところが純情ですからね」

 

「変なところってなによ!?」

 

「普段は一夏さんに抱きついたり痴女っぽく振る舞ったりしてるくせに、こういうところでヘタレてしまうから、そう言われるんですよ」

 

「だってぇ……」

 

 

 一夏が反撃してこないと分かっているから、刀奈も普段は年上っぽく振る舞って一夏をからかってみたりしているのだ。今回も何もされないと分かってはいるが、いざ触られるとなると緊張してしまうのは無理もないのだ。

 

「別にお嬢様が辞退するのであれば、次の私が一夏さんに洗ってもらうだけですが」

 

「じっ、辞退はしないもん! ただ、物凄く緊張しちゃって……」

 

「どうでも良いけど、一夏が待ってるよ」

 

 

 簪にいわれ、一夏の方を見ると、一向にこちらに来ない刀奈を見て首を傾げていた。

 

「刀奈ちゃん、頑張ってね」

 

「ううぅ……行ってきます」

 

 

 何時までもうだうだしていても仕方ないと開き直ればいいのだが、そう言う事が苦手な刀奈は、緊張したまま一夏の許まで進んだ。

 

「珍しいですね。こういう時は喜々としてやってくると思ってたんですが」

 

「い、一夏君は私を何だと思ってるのよ! す、好きな人に触ってもらえるんだから、緊張くらいするわよ」

 

「そんなものですか? てか、この前刀奈さんも洗いましたし、その後に腕枕もしたんですけど……」

 

「あっ、あれは……」

 

 

 思い出して恥ずかしくなったのか、刀奈の顔は真っ赤に染まり、背後にいる一夏にもそれはバレてしまっているようだった。

 

「とりあえず、後五人洗わなければいけないので、早いところ始めても良いですか?」

 

「ううぅ……一夏君も意地悪ね……」

 

「いえ、嫌なら最後に回ってもらっても良いんですが」

 

「それまでこんな気持ちでいたら逆上せちゃうわよ! お、お願いします」

 

 

 覚悟を決めたのか、刀奈は微動だにせず一夏に洗われるのを待つ。そこまで緊張しなくてもいいのではないかと思いつつも、一夏はゆっくり、優しい手つきで刀奈の髪を洗い始める。

 

「この前もそうだったんだけど、一夏君に洗ってもらうと翌日の髪の毛の質が違う気がするのよね」

 

「そんなこと無いと思いますが」

 

「ううん、私だけじゃなくってみんなが思ってたことだよ」

 

「この旅館のシャンプーが良いものだからじゃないですかね」

 

 

 一夏としては、洗髪の技術など持ち合わしていないのだから、勘違いかシャンプーの違うだろうと思っているのだが、実際に洗われたメンバーは一夏のおかげだと確信していた。

 

「それじゃあ、明日の朝どうなってるか賭けてみる?」

 

「生徒会長が率先して賭け事とは感心しませんよ」

 

「大したものを賭けるわけじゃないんだし、これくらいは娯楽の範囲よ」

 

「……それで、何を賭けるというんですか?」

 

「そうねぇ……」

 

 

 刀奈は頭を動かさずに考え込み、そしてひらめいたとばかりに両手を打った。

 

「明日の晩御飯は、一夏君が作るってのはどう?」

 

「料理人の仕事を奪う事になりますが? そもそも、その判定は誰がするんですか」

 

「私たち全員がそう感じたら一夏君の負け。一人でも勘違いだったかもと思えば、私たちが負けでどう?」

 

「いや、どうも何も……仕事を奪うのはどうかと思いますし、慰安旅行なんですよね?」

 

「じゃあ、学園に帰ったらでいいから!」

 

 

 どうしても一夏の料理が食べたいようで、刀奈はそこだけは引くことは無かった。一夏の方もついに折れ、その賭けを受ける事にしたのだった。

 

「ところで、俺が勝ったら何をしてもらえるんです?」

 

「私たちが一夏君のご飯を用意するわよ」

 

「刀奈さんたちが? ですが、虚さんはそういった事が苦手だったような……」

 

「虚ちゃんと簪ちゃんには、材料の調達とか洗い物とかを頼むから平気よ」

 

「まぁ、お二人の料理も問題なく食べれるので良いんですが……はい、終わりましたよ」

 

 

 流すから口を閉じろと言外にいわれ、刀奈は目と口を閉じる。勢いよく流すのではなく、丁寧に流してくれたため、刀奈は非常に満足顔で一夏の方に振り返った。

 

「ありがとう、一夏君」

 

「どういたしまして。では、次の人と変わってください」

 

「分かったわ。次は虚ちゃんだからね」

 

 

 意気揚々と他のメンバーが待つ湯船に向かう刀奈を出迎えたのは、少し不機嫌そうな顔をした簪以下全員だった。

 

「な、なに?」

 

「お姉ちゃん、一夏に見られてたよ」

 

「見られてたって、なにが?」

 

「最後、身体ごと反転してたから、お姉ちゃんの全部」

 

「あっ……」

 

 

 完全に無意識だったため、恥ずかしいとか「一夏君のエッチ」とかいうやり取りも無かったが、今更ながらに恥ずかしさが込み上げてきて、刀奈は静かに、だが素早く湯船の中に逃げ込んだのだった。

 

「やっぱり、お嬢様は変なところが純情ですね」

 

「ううぅ……せめてもう少しウエストが細ければよかったのに……」

 

「刀奈ちゃんは十分魅力的な身体つきだと思うけどね」

 

 

 ここでもやはり大人の余裕からか、碧は照れている刀奈にフォローを入れるのだった。




痴女なのか純情なのか……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。