五反田家で遊び倒した鈴と数馬は、一夏と共に五反田家を後にする事にした。
「いやー一夏って強かったんだな」
「普段からやってたの?」
「いや、今日初めてやった。別のゲームはやった事あるが、勝てた試しが無かったんだがな」
「つまり、弾はそれくらい弱いって事だな」
「ウルセェ!」
素人の一夏に全敗した弾は、涙目で数馬と鈴に怒鳴りかかった。もちろん本気の喧嘩にはならないと分かっていたので、一夏は一人傍観を決め込んでいたのだが。
「ウルセェぞ、弾! ご近所に迷惑だろうが!」
「イテェ!? ……じいちゃんの声の方が――」
「ん?」
「何でも無いです……」
五反田家の主――五反田食堂の看板爺さんである五反田厳が孫の弾の頭をお玉で殴りつけた。その光景を始めてみた三人は、驚きと憐れみが混ざった視線を弾に向けていた。
「お前らが弾の友達か」
「はじめまして、更識一夏と申します」
こういった場面に慣れている一夏が、いち早く現実に復帰し厳に挨拶をする。そんな一夏につられるように、鈴と数馬も厳に挨拶を済ませた。
「なかなか骨のある子供だな。まぁ、この阿呆と仲良くしてやってくれ」
「こちらこそ。交友範囲が狭かった私が、こうやって弾君と出会えたのは彼女のおかげです。彼女共々、これから仲良くしていきたいと思ってます」
「……なかなか大人びた子供だな」
「あのじいちゃんがたじろいだ!?」
すぐに大人モードに切り替わった一夏に、厳は少し不気味さを感じたのだが、弾は単純にたじろいだ厳に驚いたようだった。
「あー、弾の御爺さん? 一夏は色々とあって大人だらけの世界で生活してるのよ。だから気にしなくて良いわよ」
「色々? この阿呆と同い年の子供が、どんな事情だって言うんだ」
「一夏の本名は織斑一夏。養子縁組したから、更識一夏も本名なんだけどね」
「織斑……? あの最強姉妹と関係してるのか?」
「その弟なんだってさ。もっと子供のころに誘拐されて、それ以前の記憶が無いんだっけ?」
「鈴……人の事情をぺらぺらとしゃべるなよ……」
一夏は呆れと諦めが同居した表情を浮かべていたが、その表情を見て厳はそれ以上聞こうとはしなかった。
「そうか……大変だったな、小僧」
「いえ、もう慣れましたし、大変だと思った事は一度もありませんから」
「そうか……」
それだけ言い残して、厳は店に戻っていった。
「なんだ……じいちゃんのやつ?」
祖父の考えが分からない孫は、しきりに首を傾げていたのだった。
鈴、数馬とも別れ、一夏は足を止めて誰もいない場所に振り返り声を掛けた。
「本来なら本音の仕事じゃなかったか? GPSの位置データは分かるはずだが」
「あの本音ちゃんがGPSなんて操作出来ると思いますか?」
「いや。思わないな。だが、お前も色々事情があるだろ――美紀」
表向きの当主の娘である美紀が、養子縁組されただけの一夏の護衛につくのは色々と問題がある。一夏にはそう思えていた。だから自分の護衛は美紀ではなく本音を推薦したのだ。
「仕方ないですよ。本音ちゃんはISの訓練とかお勉強とかで捉まってましたし、まさか簪ちゃんを護衛につけるわけにはいかないですし」
「だから一人で出かけたんだよ。虚さんに位置データだけは分かるようにしておいたのは、護衛の必要が無いと教える為だったんだがな」
「一夏さんには色々と事情があるんですから。一人で出歩かれたら私たちが心配しますよ。碧さんはまだ戻って来ませんし、刀奈お姉ちゃんは代表に決まって忙しくなってくるでしょうし。虚さんも企業代表ですから色々と出向く事が多いですしで、私しかすぐに動ける人間がいなかったんです。お父さんに言われるまでも無く、私が一夏さんの護衛につくつもりでしたし」
「まったく……当主としての自覚が無いんですかね、楯無さんは」
「自覚が無いのは一夏さんも同じですよね?」
一夏は周りを気にして「尊」と呼ばず「楯無」と呼び、美紀もそれに倣い「当主としての」という一文を省略した。本来であれば、一夏が表も裏も当主を継ぐはずだったのだが、あまりにも早い先代の死により、表向きは美紀の父親である尊が楯無を名乗っている。その事は美紀も納得しているのだが、彼女からしてみれば、尊はあくまでも父親であり、仮の楯無でしか無いのだ。
「やっぱり美紀にも必要だったかもな……」
「何がです?」
「IS」
本音を護衛に推薦したのは一夏だが、早くもその選択は間違いだったかもしれないと内心思い始めていた一夏は、美紀にも専用機を造ったほうが良いかもと頭の中で設計図を引いていた。そんな一夏を他所に、美紀は慌てて周りを見渡した。
「どうかしたのか?」
「簡単にISを造れるなんて言わない方が……」
「別に俺が造るわけじゃないんだし、そこまで気にしなくても良いだろ。更識が独自技術でISを造ってるのは、もう全世界が知ってる事だし」
「それは……そうですけど」
「大袈裟に気にし過ぎなんだよ、美紀は。こんなの世間話だろ?」
本当の事情を知っている美紀からすれば、危険極まりない内容だが、一夏の言うように、上辺だけの事情を知っている人間からしてみれば更識関係者の会話としては普通の内容なのだ。
「そうですね。気にし過ぎでした」
「とにかく、さっさと帰って落ち着いて話した方が良いな」
「そうですよ。ただでさえ一夏さんは狙われる立場なんですから」
「……更識関係者で、織斑姉妹の弟。はたまた篠ノ之束のお気に入りだもんな……記憶が無いとはいえ面倒な」
自分の事なのに、何処か他人事のように呟いた一夏を見て、美紀は思わず吹き出してしまったのだった。それくらい、今の一夏のセリフには実感が篭っていなかったのだ。
護衛としては、美紀の方が優秀だな……