暗部の一夏君   作:猫林13世

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やり過ぎるとまた怒られるので……


無理をさせない程度で

 無理はさせないという約束で一緒にお風呂に入ってもらったため、刀奈たちは一夏に洗ってもらいたいという気持ちを抱きながらも、なかなか言い出すことが出来ず、ただやきもきとした気持ちを抱きながら妹二人に洗われる一夏を眺めていた。

 

「こういう時はお姉ちゃんが特攻するんじゃないの?」

 

「何時もならそうするけど、今日は一夏君に無理をさせないという約束があるから……一夏君って、私たちと触れ合うのも極力避けてるじゃない? だから、お願いすると『無理』に当たっちゃうんじゃないかってさ……」

 

 

 忘れがちだが、一夏は女性恐怖症なのだ。このメンバーならある程度の触れ合いは可能だが、調子に乗って避けられるようになったら立ち直れないと刀奈は考えており、ここでの特攻はなるべくならしたくないのだった。

 

「お嬢様でもそう言う事を考えるのですね」

 

「それってどういう意味よ!」

 

「刀奈お姉ちゃんは普段、何も考えてないように見えるって事だよ」

 

 

 美紀が苦笑いを浮かべながら虚の気持ちを代弁すると、その通りだと言わんばかりに虚と簪が力強く頷いた。

 

「刀奈様は~、考えてないようで考えてるんだな~って思いました~」

 

「本音にだけは言われたくないわよ! 貴女こそ、何も考えてないじゃないの!」

 

「そんなことありませんよ~。私だっていっちーが無理してないか心配してるんですから~」

 

「説得力が皆無な事を言ってないで、貴女はもう少し働いたらどうなんですか」

 

 

 妹の言葉に説得力を感じなかった虚がそう呟くと、本音は心外だと言わんばかりに立ち上がった。

 

「おね~ちゃんはもう少し私の事を信用してくれても良いんじゃないかな~?」

 

「信用したくなるような結果を残してからそう言う事は言いなさい」

 

「とにかく、今は一夏君に無理をさせないようにしなきゃいけないんだし、この気持ちは我慢するしかないわね」

 

「何を我慢するんですか?」

 

 

 マドカとマナカに洗ってもらっていた一夏に今の声が聞こえたようで、少し離れたところから一夏の声が飛んできた。

 

「な、何でもないのよ……って、あれ? 一夏君、マドカちゃんとマナカちゃんの頭を洗ってあげてるの?」

 

「これくらいなら問題ないですから。それに、妹との時間が無かったのは俺も一緒ですからね」

 

「そっか……良いな、二人とも」

 

 

 小声で呟きながら、指でも咥えそうな雰囲気で呟いた刀奈に、一夏は苦笑いを浮かべた。

 

「皆さんも頭だけで良ければ洗いますよ?」

 

「えっ、いいの!?」

 

「え、えぇ……それ以上は無理ですけどね」

 

 

 先に断っておくことで、一夏は頭だけなら無理にはならないという。刀奈たちは顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべて頷いたのだった。

 

「じゃあお願いね」

 

「順番ですので、それはそちらで決めておいてください。その間にマドカとマナカのを洗い終えておきますので」

 

「了解よ!」

 

 

 とりあえず一夏に洗ってもらえることになったが、その順番をどうやって決めるかで再び頭を悩ませる。

 

「どうやって決める?」

 

「じゃんけんで良いんじゃない?」

 

「勝っても負けても恨みっこなしだからね?」

 

「でも確か……碧さんってじゃんけんすごく強かったんじゃ……」

 

 

 美紀が零した言葉に、全員が碧の方に視線を向ける。

 

「そんなことありませんよ。精々勝率八割くらいなだけですよ」

 

「十分強いですって! じゃんけんは却下ね……」

 

「別に私は最後で構いませんので、じゃんけんで決めても良いんじゃないでしょうか」

 

「碧さん……いいの?」

 

「ええ。私は刀奈ちゃんたちみたいに一番が良いってわけじゃないですから。一夏さんに洗ってもらえるだけで十分ですよ」

 

 

 大人の余裕、ではないが、碧は微笑みながら自分は最後で構わないと刀奈たちに告げる。

 

「それじゃあじゃんけんね。分かってると思うけど、後出しとかしたら洗ってもらう権利を剥奪するから」

 

「お嬢様じゃないんですから、そこまでして一番に洗ってもらいたいとは思いませんよ」

 

「そうですよ。そもそも、順番はそれほど重要じゃないと思ってますし」

 

 

 虚と美紀の言葉に、簪と本音も頷いて同意し、刀奈も一安心という顔で一息吐き、真剣な表情に変わった。

 

「それじゃあ行くわよ――じゃんけんぽん!」

 

 

 刀奈がチョキ、後のメンバーはパーだ。

 

「ありゃ、まさか一回で決まるとは思ってなかったわ……」

 

「お姉ちゃん、こういう時強いよね」

 

「お嬢様が一番乗り気でしたから、当然と言えば当然の結果なのかもしれませんね」

 

「それじゃあ、残りの順番も決めちゃって」

 

 

 一番に洗ってもらえることになった刀奈は、既に浮かれ気分で残りの勝負を見学する事にした。

 

「それじゃあ、順番は私、虚ちゃん、本音、簪ちゃん、美紀、碧さんで決定ね」

 

「意外とあっさり決まりましたね」

 

「美紀ちゃんが一人負けしたのは驚いたけどね。じゃんけん、弱かったっけ?」

 

「時の運ですから……」

 

 

 負けた時に出したグーを眺めながら、美紀が弱々しく呟く。余程悲しかったのか、自分の拳を恨みがましく眺める美紀の背中を、簪が優しく叩く。

 

「洗ってもらえることには変わりないんだし、そんなに落ち込まないで」

 

「分かってるけど、負けるのって悔しいんだよ……」

 

「じゃんけんなんだから、負ける時くらいあるよ」

 

 

 こんな時まで負けず嫌いを発揮しなくてもいいのにと、簪は苦笑いを浮かべながら美紀を励ましたのだった。




意外と負けず嫌いな簪……

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