ゆっくりとしろと言われても、普段から忙しなく働いている一夏としては、何もしないという事自体慣れていないため、微妙に居心地が悪そうにしていた。
「一夏君、なんだかそわそわしてない?」
「何もしないということが、こんなにも落ち着かないことだとは知りませんでした」
「一夏、それって変だよ?」
「そうなのか?」
普段からだらだらしている本音は、実は凄いのではないかと思い始めていた一夏だったが、自分が変だと簪にツッコまれて、とりあえずその考えは捨てる事にした。
「だが、全然落ち着かないし、何かした方が良いんじゃないかって思ってしまうんだが……」
「それは一夏さんが休み慣れしていないからでしょう。ほぼ毎日忙しく働いていたんですから、急に何もしなくていいと言われれば落ち着かないのも仕方ないでしょうね」
「そんなものか? だが、普通のサラリーマンなどは休日にそわそわするような事は無いんだろ?」
「それは私たちにも分かりませんよ。私たちはまだ学生ですし、碧さんも一般的な企業の人間ではありませんから、あまり参考にはならないでしょうし」
「まぁ、私の場合は休日という概念が存在しませんからね。年がら年中一夏さんの護衛と、その他諜報活動と、一夏さん同様休み慣れしてませんから」
「それにしては、碧さんは落ち着いてますよね?」
どうしてですか、と一夏に視線で問われ、碧はニッコリと笑みを浮かべながら答えた。
「現在も私は、一夏さんの護衛として働いているわけですから。休んでいるわけではありません」
「なるほど……だがそうなると、いよいよどうすればいいのか分からなくなってくるな」
「一夏君でも、分からない事があるのね」
「……刀奈さんは俺を何だと思ってるんですか」
知らないことくらいあるという意味を込めた視線を向けると、刀奈はそれもそうかという感じで舌を出して片目を瞑った。
「ゴメンね。一夏君は何でも知ってるって思ってたから」
「まぁ、一般的な勉強やIS関連については、大抵の事は分かりますが、その他は人より知らないことの方が多いと思いますよ」
「そうなの? ……そう言えば、一夏君は両親の愛情とか、そういったものを知らなかったんだっけ」
「それはマドカやマナカ、言ってしまえば織斑姉妹も同じだと思いますよ」
「親の愛情なんて都市伝説だと思うけど?」
「私たちが特殊だと思うけど……まぁ、とりあえず私たちの中では存在しないものですね」
一夏に続き、マナカとマドカも特に気にした様子の無い口調で淡々と話す。彼らの中では特に気にするような事ではないのだろうが、刀奈たちは気まずい雰囲気に包まれてしまった。
「とりあえず、そんなに気にする事ではないので、刀奈さんたちが落ち込む必要は無いですよ。俺たちが特殊なんだと、十分理解してますから」
「そう……でも、家族の愛情は知ってるでしょ?」
「まぁ、俺は義理の家族に恵まれましたし、それ以外にもお世話になってますからね」
「私たちも、お兄ちゃんに愛されてるもんね」
「私は、貴女のように言い切れるのが少し羨ましいですが、確かに兄さまには愛情を注いでもらっていますね」
「だから、一夏君たちも両親がどうだとか気にしてないのね」
「そう言う事です」
一夏たちを慰めようとしたはずが、いつの間にか自分が慰められている事に気付き、刀奈は首を傾げたが、割と何時もの事だという事に思い至り、これ以上考える事を止めたのだった。
「ところで、さっきから本音が静かですが、また寝てるんですか?」
「する事がないと言って、先ほどからまた……」
「どれだけ寝れば気が済むんだ、こいつは……」
「一夏様、叩き起こしますか?」
「いや、放っておこう。夜寝られなくても無視すればいいだけだしな」
「いやぁ、本音の事だから、これだけ寝ても夜は普通に寝ると思いますよ」
「……ありえそうだな」
美紀が零した言葉に、一夏も苦笑いを浮かべながら頷く。どれだけだらだらしようと、どれだけ昼寝しようと、本音は夜きちんと寝るのだ。寝すぎではないだろうかと心配になるくらい寝ているのだが、特に体調に支障をきたすことなく、常に健康体なのだ。
「そう言えば、本音って風邪をひいたことあるの?」
「俺が知る限りではないな……俺が更識に来る前はどうなんです?」
「私たちが知る限りでも、本音が風邪をひいた事は無いわね……」
「それじゃあ本音って、バ――」
「おっと、それ以上はいうな。思っても口にしてはいけない事はあるんだぞ」
マナカの唇に指を押し当ててそれ以上発言できなくする一夏。ここにいる全員が一度は思ったことがあることなので、あえて言葉にしなくても全員が理解しているのだ。
「まぁ、こいつが忙しなく働いてたら、それはそれで怖いですけどね」
「確かに……篠ノ之さんが敵だった時は、多少頼れたけどね……」
「篠ノ之さんと相性が良かったんだろうね」
「すぐに激昂する箒ちゃんと、何を言われてものほほんとしてる本音だもんね……相性最悪よ」
「それは感心する事なのでしょうか?」
マドカが零した疑問に、全員が苦笑いを浮かべながらマドカから視線を逸らした。つまりはそう言う事なのかと理解したマドカは、つられるように苦笑いを浮かべたのだった。
自分もたまに連休とかになると、何をしていいのか分からなくなります……