暗部の一夏君   作:猫林13世

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優しいお姉さんも、さすがに怒りますよ……


虚のカミナリ

 昼過ぎになり、訓練に参加してくれるメンバーも増えたので、鈴と静寐は箒の相手をそっちに任せて、一夏からの連絡を待っていた。

 

「一夏君って今慰安旅行中なんでしょ? 連絡してくるのかしら」

 

「データを確認してどうやって訓練させればいいかくらいの指示は出してくると思うけどね」

 

 

 鈴がそう言った丁度そのタイミングで、鈴の携帯にメール着信を告げるメロディーが流れた。

 

「ほらね」

 

 

 そう言って鈴はメールを開き、一夏からの指示に目を通しため息を吐いた。

 

「あたしたちが人数を増やしてるのもお見通しみたいね。そのまま大勢と戦わせてればいいって書いてあるわ」

 

「まぁ、これくらい一夏君ならお見通しってわけね。そもそも、昨日カウントダウンで大勢が寮に残ってるって知ってるんだから、暇つぶしにこの部屋を訪れるのも分かっちゃうか、一夏君なら」

 

「まぁ一夏だしね」

 

 

 二人揃って苦笑いを浮かべ、箒の闘いを少し離れた場所から眺める。

 

「前の篠ノ之さんは近づき難かったけど、今の篠ノ之さんはそれほど緊張しなくていいから楽よね」

 

「それほどって事は、多少は緊張してるって事?」

 

「それはね。いくら一夏君が安全だって言ってても、前の篠ノ之さんの行動を見てた人間は警戒するわよ。何時竹刀を持って襲いかかってくるか分かったもんじゃないもの」

 

「元の箒の荷物は、更識が保管してるみたいだから、竹刀も一緒に管理されてるんじゃないの?」

 

「剣道場には竹刀があるから、そこから持ってくるかもしれないでしょ」

 

「万が一そんなことがあっても、織斑姉妹が粛正して、そのままこの世からドロップアウトだから大丈夫だと思うけどね」

 

 

 ケラケラと笑いながら言う鈴に、静寐は少し眉を顰め、すぐに頭を振って苦笑いを浮かべる。

 

「どうかしたの?」

 

「いや……『この世からドロップアウト』だなんて、簡単に言うからさ。まぁ、あの一夏君と長年友達付き合い出来てる事を考えれば、それくらいは普通かなって思っただけよ」

 

「事実なんだし、あたしたちがその光景を目にするわけじゃないんだから。気にし過ぎよ」

 

 

 静寐の考え過ぎだと笑い飛ばし、鈴は空いているVTSを使い自分の訓練を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴に指示のメールを出した後、一夏は刀奈たちに監視されていた。

 

「別に仕事してたわけじゃないんですが……」

 

「ちょっと目を離すと一夏君は働いちゃうから、こうやって見張ってるのよ」

 

「篠ノ之の更生は仕事ではないんですが」

 

「それでも、一夏は今休むべきなんだから」

 

 

 義姉妹が両隣に腰を下ろし、正面には美紀、背後には碧という布陣に、一夏は彼女たちの本気度を感じ取っていた。

 

「兄さま、なんだか顔が引きつっていますが?」

 

「仕事しないで監視されるならともかく、仕事をするから監視されるなんて思ってなかったからな……」

 

「でも、お兄ちゃんは休むためにこの旅行に来てるんだから、これくらいされてもしょうがないと思うけどね。まだ怪我だって完治した訳じゃないんでしょ?」

 

「たまに痛む程度だから、そこまで心配されるような事でもないんだが」

 

「私より重症だったんだから、もう少し自分の身体を労わった方が良いよ」

 

「分かってはいるんだがな……」

 

 

 お茶を啜りながら妹二人と会話する一夏は、多少の居心地の悪さを感じながらも抵抗する事は無かった。

 

「いっちーはもう少し休む事を覚えた方が良いよ~」

 

「そう言う本音は、もっと働いた方が良いと思いますけど?」

 

「ヤダな~おね~ちゃん。私が働いたら余計な仕事が増えるでしょ? だから私はあえて働かないのだよ~」

 

「余計な仕事を増やしているという自覚があるのなら、もう少し効率よく、かつ正確に仕事をするように努力しなさい!」

 

「ほえっ!?」

 

 

 だらけているのを正当化しようとした本音に、虚のカミナリが落ちる。とはいっても一夏程の威力は無いので、本音は一瞬驚いただけで、すぐにだらけてしまう。

 

「虚ちゃんのカミナリじゃ本音には通用しないようね」

 

「まぁ、本音だし」

 

「本音ですからね」

 

 

 刀奈の言葉に、簪と美紀が同意を示し、三人で本音に呆れた視線を向ける。

 

「私だってやればできるんだよ~?」

 

「じゃあ、ちゃんとやれば良いじゃない」

 

「でも~、おね~ちゃんやいっちーがした方が早いし正確だから~、私がやる気で無いのはおね~ちゃんといっちーが原因なんだよ~」

 

「いい加減いしなさい! 責任転嫁も甚だしいですよ!」

 

「おね~ちゃん、何でそんなにピリピリしてるのさ~?」

 

「貴女がしっかりしないからでしょうが!」

 

「怒られたってしっかりしないんだから、怒るだけ体力の無駄じゃない?」

 

「……怒られている貴女が言うセリフではないですが、そうかもしれませんね」

 

 

 釈然としない雰囲気を醸し出しながらも、虚は大きくため息を吐いて本音から視線を逸らした。

 

「こんなんじゃ私が更識代表を引退し教師になるという事は無理そうですね」

 

「虚さんが望むのであれば、俺が本音を強制的に更識代表に任命出来ますけど」

 

「ですが、それでもあの子がしっかり働くとは思えません」

 

「まぁ、後数ヶ月ありますから、ゆっくり考えてください。こっちも、本音に代表を変更するとなれば、それなりに手は考えていますので」

 

 

 虚を慰めるように語る一夏に、虚は感謝と情けなさの両方を感じながら頭を下げたのだった。




気持ち的には学園に残りたいが、自分の立場を継ぐのが本音じゃね……

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