織斑姉妹が寝ている間、箒の監視は紫陽花が担当していた。本当ならば真耶が担当するはずだったのだが、一身上の都合でこの場に来れなくなってしまったので、彼女が代理の代理を務めているのだった。
「お疲れ様です、五月七日先生」
「鷹月さん……よく気付いたわね」
「このくらいなら一夏君たちに鍛えられてますからね。もちろん、先生が本気で隠れてたなら、見つけられなかったでしょうが」
「更識君から、見ているのを気づかれる程度で良いと言われてるみたいでしたし、そもそも千冬先輩と千夏先輩は隠れる気がゼロだったらしいからね」
「あからさまに疑っているという視線をぶつけてきてましたから」
その視線を経験し、一夏に相談した静寐は、あの時の事を思い出し苦笑いを浮かべる。
「ところで、何故五月七日先生が? 織斑姉妹はどうしたのですか?」
「まだ起きていないようですので、私が代わりに見張ってるんです。本当なら真耶が代わりを務めるはずだったんだけど、一身上の都合で来れなくなっちゃったらしいから」
「何かあったのですか?」
「大したことじゃないとしか聞いてないから、詳しい事は分からないわ。まぁ、織斑姉妹のように二日酔いで来られない、ってわけじゃないでしょうけど」
紫陽花が冗談めかしてそう言うと、背後からとてつもない殺気を浴びせられた。その殺気の持ち主に心当たりがある紫陽花は、全身に脂汗を掻きながらゆっくりと背後を振り返り、気配の持ち主を確認した。
「千冬先輩……千夏先輩も……いらしてたんですね」
「今しがたな」
「それで、随分と馬鹿にしてくれたようじゃないか」
「い、いえ!? あれは冗談でして……」
「千冬先生、千夏先生、なんだかお酒臭いですが」
静寐が鼻を抑えながら織斑姉妹にそう告げると、二人は慌てて口元を抑えて匂いを確認しだした。
「やっぱり呑まれてたのですね? 一夏君がいないからと言って、羽目を外し過ぎると帰ってきた時に怒られちゃいますよ?」
「一夏に報告しなければ怒られないだろ」
「残念ですが、お二人が何かしでかしたら連絡してほしいと一夏君から頼まれていますので、お二人が二日酔いでこの時間まで寝ていて、あまつさえその代理を務めていた五月七日先生を苛めようとした事は報告せざるを得ないのですが」
「別に苛めようとしてはいない。立場というものを分からせてやろうと――」
「パワハラは立派な苛めですよ。どうせ篠ノ之博士と三人で朝まで飲み続けて役に立たないだろうからと、一夏君からメールがありましたが、まさにその通りだったとはね」
すべて見透かされていたと静寐から聞かされ、織斑姉妹はガタガタと震えだす。
「い、一夏に怒られてしまう……」
「紫陽花、済まなかった! 鷹月もこの通りだから、一夏に報告するのだけは止めてくれ!」
織斑姉妹に頭を下げられ、紫陽花と静寐は何とも言えない高揚感に包まれ、とりあえず一夏に報告するのは止める事にしたのだった。
戻ってきた静寐を見て、鈴は何があったのかと首を捻ったが、詮索するようなことはしなかった。
「次は静寐が箒の相手をする番よ」
「了解。手加減しないけど、篠ノ之さんなら必要ないよね?」
「視た限りだと、エイミィ相手でも上手く立ち回れてたから、静寐も苦戦するかもしれないわよ」
「それは楽しみね」
意気揚々と箒の相手を引き受けた静寐と交換するように、エイミィが鈴の隣に腰を下ろした。
「危なかったー」
「かなり苦戦してたようだけど、スサノオとのコンビネーションに問題でもあったの?」
「実機なら問題ないんだけど、VTSだとどうも油断しちゃうのよね。これはあくまでもヴァーチャルだから、ダメージを負っても肉体には損傷は負わないって」
「その感覚、なんとなく分かるけど、ヴァーチャルだからって油断したら危ないわよ? 一夏の事だから、知らぬ間に肉体的ダメージも負うようにプログラミングしてるかもしれないし」
「うっへぇ……そう考えると、油断なんてしてられないね。でも、一夏君ってそんなに性格悪いの?」
「IS産業におけるトップ企業のトップなんですから、腹黒くなければやってられないんじゃない?」
「何で疑問形なのよ……この学園で更識関係者を除けば、一夏君と一番付き合いが長いのは鈴でしょ」
「あたしは、一夏になにかをされた事なんてないから分からないわよ」
「そうなの? じゃあ想像だけで一夏君が腹黒いとか言ってたの?」
「いや、まぁあたしが直接何かをされたことがないだけで、一夏の腹黒エピソードなら結構あるわよ。聞きたい?」
「いや……遠慮しておこうかな。次に一夏君と顔を合わせる時に気まずくなりそうだし」
エイミィのあからさまな態度に、鈴は苦笑した。
「そこまで緊張するような相手じゃないと思うだけど」
「それは鈴だからでしょ! 私みたいな付き合いの短い人間は、一夏君と話すだけでも緊張するんだから!」
「そうなの? 友達なんだから、緊張する必要無いと思うんだけど」
「……友達だって思ってもらえてるのは嬉しいんだけど、私たちIS操縦者希望の女子って、昔から男の子と接する機会が少ないからさ」
「そう言えばそうなのよね。あたしは中学に入ってからISの世界に飛び込んだから、一般的なIS操縦者見習いの感覚って分からないのよね」
しみじみと呟く鈴を、エイミィは羨ましげに眺めたのだった。
鈴はいろいろと特殊な立場ですしね……