激しい頭痛に襲われながら、織斑姉妹の新年はスタートした。目を覚まして隣に束が寝ている事を確認し、暑苦しいので引きはがしてその場に転がす。
「へにょ!? ……スー」
潰されたカエルのような悲鳴を上げた束ではあったが、その程度で起きる気配もなく、そのまま寝息をたて続けたのだった。
「コイツの事は兎も角として、さすがに呑み過ぎたな……」
「コイツに乗せられて随分と深酒をしたからな……とりあえず水だ」
姉妹揃って冷蔵庫を開けると、中にはミネラルウォーターのペットボトルが一本だけ入っていた。
「ここは、姉である私からだろ」
「殆ど変わらないだろうが! そもそも、先に冷蔵庫に手を伸ばしたのはわたしだ!」
「殆ど一緒だっただろうが! そもそも、お前は姉を敬うという気持ちに欠けている!」
「「っ!」」
怒鳴った所為で痛みが激しくなったのか、姉妹はその場に座り込んだ。
「不毛な争いは止めたらどうかな~? ちーちゃんもなっちゃんも、いっくんには尊敬されてないんだし」
「「束っ!」」
「ん?」
姉妹が座り込んだ隙にペットボトルを取り出し、一気に中身を飲み干した束に、姉妹は明確な殺意を抱き、それを束に向ける。
「水なんて蛇口を捻れば出るんだし、コップだってあるんだからそれでいいじゃん」
「それは私たちの水だぞ! 何故余所者のお前がそれを飲んでいるんだ!」
「蛇口を捻れば出ると分かっているなら、貴様がそれを飲めばいいだろ!」
「あったものを飲んだだけだよ~。てか、ちーちゃんとなっちゃんは箒ちゃんの監視があるんじゃないの?」
「そんなもの、真耶か紫陽花に任せれば良い」
「どうせ代わりにやってるんだろうしな」
「ちーちゃんとなっちゃんがいっくんに尊敬されないのは、そういうところじゃないの?」
束の指摘に、姉妹は揃って首を傾げる。この二人の中では、面倒な事は後輩に任せれば良いという考えがあるようで、何故責められなければならないのだという表情を浮かべている。
「任された仕事を自分たちでせず、後輩に投げ出す姉を尊敬する弟なんていない、って事だよ」
「そうなのか?」
「だが、一夏は結局お姉ちゃん大好きだからな」
「それが妄想だって何で分からないかな……束さんでも分かるのに……そういうところだけは前の箒ちゃんそっくりだよね、二人って」
「聞き捨てならないぞ、束! わたしたちの何処が箒に似てるというんだ!」
「いっくんが自分の事を好きだと思い込んでるところ、だよ」
自分が何だか常識人な気がしてきて、束は酒とは別の意味で頭が痛くなってきていた。
「とにかく、さっさと水を飲んでいっくんから任された仕事をした方が良いよ」
「待て。どうせ暇なんだろうからお前も手伝え」
「手伝ったことを一夏に言えば、お前は褒めてもらえるかもしれないぞ」
「いっくんに褒めてもらえるかもってのはそそられるけど、これでも束さんは忙しいんだよ」
「一晩中酒盛りしてたヤツが、どう忙しいのか教えてもらいたいものだな」
がっちりと両肩を押さえつけられ、束は無駄な抵抗は諦めてその場に腰を下ろした。
「束さんはいっくんがより生活しやすいようにISを改良して、こちらから遠隔操作出来るようにしなきゃいけないだよ。万が一マナちゃんみたく出力オーバーで制御不能に陥ったとしても、束さんが操作出来ればあんな事故は起こらないからね」
「その理論でいけば、お前が遠隔操作して制御不能に出来るという事だよな?」
「お前が気に入らない相手を事故に見せかけて再起不能に貶める事も出来るという事か」
「あ、アハハ……何でそんなマイナスな考えばっかりするかな、二人は……」
「貴様なら十分あり得るという話だ」
「そもそも、そんな事なら一夏だって出来るだろう。だがアイツはそんなことを望んではいないようだしな」
一夏はあくまでもIS乗りの手助けの為に研究を続けており、束とは方向性が違う。全てのISを制御するなどと言うことに興味も向けずに、彼は彼の研究を進め、より良い環境づくりに勤しんでいるのだ。
「そう言うわけだから、余計な研究は止めてわたしたちを手伝え。運が良ければ一夏の料理が食べられるかもしれないぞ」
「いっくんはまだ帰ってきてないんだから、どうやっていっくんの料理を食べるのさ」
「アイツもお前のラボの位置は把握しているんだ。お礼という事で作りに行ってくれるかもしれないだろ」
「二人の中で、いっくんはどれだけお人よしなのさ……そもそもいっくんは忙しい合間を縫って旅行に行ってるんだから、帰ってきたって仕事に忙殺されるだけじゃないか」
「アイツの周りには優秀な人間が大勢いるらしいからな。少しくらい一夏が休んでも問題はないだろう」
「いっくんが周りに任せるという判断をしても、結局はいっくんの仕事がなくなるわけじゃないんだから……」
「少しくらいは余裕が出来るだろ。だから少しくらいは期待しても良いんじゃないか?」
「その楽観的な思考、いっくんに少し分けてあげたいくらいだよ……」
ますます自分が常識人なような気がしてきて、束は頭を抱えたい思いに襲われたのだった。
束が常識人……ありえない……