初詣を済ませて旅館に戻ってきた一夏たちは、まだ寝ている本音を見てため息と苦笑いを同時に行った。
「本音のぐーたらは神様でも治せなかったみたいだね」
「頼んですぐ叶うなら、年がら年中神社は繁盛してるだろうさ。頼んでから時間が経って叶う願いの方が多いだろうし、気長に叶うのを待つさ」
「気長に待つのもいいけど、そろそろ一夏君が起こしてあげたら?」
「起こしたところで、何もすることが無いんですからまた寝ますよ?」
「だって、このまま寝かせてたら、夜寝れなくなっちゃうでしょ? そうなると一夏君が本音に絡まれて寝れなくなって、また一夏君の疲労が蓄積されちゃうじゃない」
刀奈のセリフに、マドカとマナカ、そして簪が反応し、本音を起こそうと奮闘した。
「本音さん、起きてください! 兄さまの睡眠時間の為に!」
「本音が夜寝れなくてもいいけど、お兄ちゃんに迷惑を掛けるのは止めさせないと!」
「本音! いい加減に起きて!」
「……それで起きるなら苦労しないですよ」
虚の呟きから分かるように、この程度の騒がしさでは本音は目を覚まさない。それは簪もマドカたちも重々承知しているはずなのだが、一夏の為となると多少の事は忘れてしまうようだ。
「一夏君、簪ちゃんたちの為にも、本音を起こしてくれる?」
「まぁ、それが本音の為でもあり、俺の為でもありますからね……闇鴉、頼んだ」
「お任せください」
一夏に命じられるまでもなく人の姿になっていた闇鴉が、本音の耳元で鼓膜が破れないギリギリの音量で爆発音を流す。
「ほえっ!?」
「おはようございます、本音さん。いい加減起きてください」
「びっくりしたよ~。闇鴉、そんな音鳴らされたらびっくりするじゃないか~」
「びっくりするで片づけられる本音さんが凄いですね。普通なら恐怖するか激怒するかのどちらかだと思いますが」
「ご苦労」
闇鴉を労い、一夏は全員分のお茶を用意する。もちろん、闇鴉は飲まないので八人分だ。
「お茶なら私が」
「いえ、もう始めちゃいましたし、虚さんもたまにはのんびりしてください。刀奈さんや本音の事で常日頃頭を悩ませているのですから」
「私は本音ほど問題児じゃなわよ!?」
「お姉ちゃんだって、相当な問題児だから」
簪の辛辣な言葉に、刀奈はその場に崩れ落ちる。ウソ泣きがそうでないかは全員が分かっていたが、相手にすることはしなかった。
「これを機に刀奈さんも反省してくださいね」
「一夏君まで私の事を問題児扱いするの!?」
「やればできるんですから、みんなとゆっくり過ごす時間を作るためにも、刀奈さんの頑張りは必要なんです」
「……分かった。一夏君の為にも、学校に帰ったら頑張る」
「お願いしますね」
刀奈の頭を撫でながら優しく諭す一夏の姿は、どっちが年上なのか分からなくなる光景だった。
「やっぱり、兄さまは刀奈さんの兄さまみたいですね」
「前から言ってるが、俺は義弟だからな? 刀奈さんが義姉で、俺は刀奈さんより年下だからな?」
「分かってはいますが、今の光景はどう見ても我が儘な妹を優しく諭す兄の図でしたよ」
「マドカの言う通りだね。お兄ちゃんは兄力が相当高いんだよ、きっと」
「また訳の分からない単語を……何だその『兄力』というのは」
マナカが発した謎の単語に、一夏は激しい頭痛を覚えた。字面からなんとなく理解は出来るが、一応説明させることにしたのだった。
「そのまんまだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんには私とマドカという実妹、簪という義妹、本音という妹みたいな人がいるから、相当兄としての実力があるんだよ。だから一つ年上でしかない刀奈も、妹として扱えるだけの力があるんだと思うよ」
「まったくもって理解出来んし、理解したくもないが、とりあえず分かった」
マナカの説明をこれ以上ヒートアップさせないために、一夏は矛盾しまくっている返答をし、話題を変える事にした。
「篠ノ之の様子はどうなってるか報告はきてますか?」
「スコールに説得され、自分を卑下する癖は改善されてきたようだとのことです」
「スコールに?」
意外な名前が出てきたことで、一夏ではなくマドカが反応した。隣ではマナカも似たような表情を浮かべているので、やはり意外だったのだろう。
「それから、寮長室で年を跨いで酒盛りをしていた織斑姉妹と篠ノ之博士が二日酔いで使い物にならないとも」
「何時ものことですので、水を飲ませて一時間くらい寝かせておいてくださいと、山田先生に伝えておいてください」
「姉さまたち……」
「世間からはIS界のカリスマだとかもてはやされているのに、実態はただの酒癖の悪い家事無能女なのよね」
「まぁ、そう言ってやるな。あの人たちだって十分自覚してるだろうし、反省が見られないようなら強制的にIS学園から追い出すから」
「相変わらずサドい事を平然と言うわね、一夏君って」
「それが一夏様ですからね」
「お前は何で整然と人の姿で、人の隣を陣取ってるんだ?」
「最近大人しくしてたので、これくらいは良いじゃないですか」
「別に構わないが、他の人たちの視線が鋭いんだが……」
一夏にべったりとくっつく闇鴉に嫉妬の視線を向けるが、闇鴉はその程度では動じることも無く、なんとなく一夏が居心地の悪さを感じていたのだった。
なんか久しぶりに闇鴉を喋らした気がする……