スコールからアドバイスされるなどと思っていなかった箒は、彼女の言葉を噛みしめながら年越しパーティーの準備を手伝っていた。
「おはよう、篠ノ之さん。もうお昼だけど」
自分の挨拶に自分でツッコミを入れながら静寐が話しかけてきた。
「おはようございます。どうやら自分でも気づかない内に疲れを溜め込んでいたようです」
「まぁ、あの視線の中で生活してるんだから、仕方ないとは思うけどね。ほら、香澄もそんなに緊張しなくても大丈夫よ」
「分かってはいるのですが、前の篠ノ之さんの印象が強すぎて……」
「相手の考えてる事が分かるんだから、今の篠ノ之さんが危険じゃないって事はわかってるんでしょ?」
「そうですけど……簡単に割り切れるんなら苦労しないですよ」
他人の心の裡を見る事が出来る香澄は、今の箒が危険ではないと分かってはいるのだが、前の箒の印象が強すぎるので、未だに接し方が分からないのだった。
「一夏君が大丈夫だって言ったんだから、大丈夫だって」
「そうよ。一夏が大丈夫って言ったんだから、過剰に気にするだけ無駄よ。それに、今の箒にはISが無いんだから、専用機を持ってる香澄ならどうとでも対処出来るでしょ」
「私はそこまで実力があるわけじゃないですし……」
「候補生相手に互角程度まで戦えるんだから問題ないでしょ。アンタはもう少し自分に自信を持った方が良いわよ」
いつの間にか自分が怒られている事に気付き、香澄はますます身体を縮こませてしまった。
「アンタだって一夏に目を掛けられているんだから、少しは実力があるって分かるでしょ? 一夏は無能な相手に時間を割いている余裕なんて無いんだから」
「その言い方は一夏君に失礼だと思うけど?」
「そうかしら?」
「だって、鈴さんの言い方だと、一夏君が相手にしていない人は無能だって言っているようなものでしょ? 一夏君はそんな判断をするような人だとは思えないんだけど」
「そうね……まぁ、心の中ではしてるかもしれないけど、少なくとも表には出さないわね」
「そこの方々、お喋りしてる暇があるのでしたら手伝ってくださいませんこと? まだ準備は終わっていないのですから」
「だってさ。ほら、箒も香澄も手伝いに行くわよ」
鈴に強引に連れていかれ、香澄も箒も先ほどまで感じていた気まずさを忘れるほど作業に集中したのだった。
学園にいる紫陽花からメールを貰い、碧は箒が人の輪に加わっている事を知り、一夏に報告した。
「凰さんは分かっててやっているのでしょうか?」
「鈴のあれは天然だからな。多少の事は気にしない性格だから、篠ノ之の事も過剰に気にすることなく輪に連れ込んだんだと思いますよ」
碧から報告を受けた一夏は、そう言いながら苦笑いを浮かべた。
「俺も前の篠ノ之の所為で周りから隔離されていましたからね。そこへ鈴が来て、あっという間に人の輪に入れてもらえましたから」
「凰さんも教師にむいているのかもしれませんね」
「どうでしょうね? 人に物を教えるのは苦手そうですし、擬音で済ませようとする傾向がありますからね。そんな指導をされても人は育ちませんよ」
そんな光景を思い浮かべ、碧も苦笑いを浮かべた。
「ISの操縦は擬音で説明されても分かりませんしね……座学の成績の方は、凰さん中の下ですものね」
「ISがあれば問題ないとか考えてるからでしょうね。まぁ、やれば出来るヤツだから気にしてないんですが」
「一夏君って、鈴ちゃんの事をどう思ってるの?」
一夏と碧の会話を黙って聞いていた刀奈だったが、ついついそんなことを尋ねてしまった。
「お嬢様、黙ってられなかったのですか?」
「だって、なんだか特別な関係って感じがしたから」
「特別と言えば特別ですかね。俺の事を特別視しないで同列に扱ってくれた友人ですから」
「リンリンはいっちーに告白して振られてるから、特別視はしてたと思うんだけどな~?」
「そう言う事があっても、アイツは変わらず付き合ってくれたからな。俺が特別視してるのかもしれない」
一夏の言葉に、簪がピクっと肩を震わせたが、特に深い意味は無いだろうと一夏は取り合わなかった。
「暫く会ってなかったが、すぐに昔のように振る舞える、特殊な関係なんだろうな。俺と鈴は」
「親友って感じなのかしら?」
「どうなんでしょうね……俺も鈴も、互いに悪友という表現を使ってますが、そうなのかもしれませんね」
改めて自分と鈴との関係を考えて、刀奈が言うように親友なのかもしれないと、一夏は感慨深げに呟いたのだった。
「一夏さんと鈴さんは、確かに他のひとは違う空気感ですよね」
「そうか? ……美紀がそう言うならそうなのかもしれないな」
「一夏って私たち以外だと鈴くらいしか友達って言える相手がいないの?」
「静寐や香澄、セシリアやエイミィ――俺は友達だと思ってるんだが」
「とにかく、篠ノ之さんは順調に周りに馴染み始めてるという感じですね」
碧の纏めに、一夏も頷いて同意し、後はISに認められれば更識の戦力として取り込めるという考えをしていたのだった。
「一夏、悪い顔してる」
「何時ものことだろ?」
「ううん。何時もはかっこいい顔してるもん」
「そうか」
簪に直球で褒められて、一夏はどう反応して良いのか迷った挙句、それだけを返したのだった。
いい意味で天然なんでしょうね