暗部の一夏君   作:猫林13世

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ある意味独壇場ですね……


簪の得意分野

 まったりと過ごす目的で旅行に来たというのに、一夏はいつも以上に気苦労が絶えないような気がしていた。

 

「一夏、せっかくだし勝負でもしようよ」

 

「ゲームで簪に勝てるはずもないだろ。そもそもやったこと無いんだから」

 

「でも、一夏なら一回操作しただけで大丈夫でしょ? それに、本音に勝てるんだから大丈夫だって」

 

「そんなこと言われてもな……」

 

 

 簪が持ってきたポータブルゲーム機を使い、本音と勝負をした一夏に、今度は簪が勝負を挑んできて、一夏はどう対処するべきか頭をフル稼働させていたのだ。

 

「何で簪はそんなに俺との勝負にこだわるんだ?」

 

「だって、これくらいでしか一夏に勝てそうじゃないし、他の人相手じゃ手ごたえが無いし」

 

「勝てるって分かってるんだから、やるだけ無駄じゃないか?」

 

「そんな事ないよ! 一夏と一緒に遊ぶことに意味があるんだから」

 

「そんなものなのか?」

 

「そうだよ!」

 

 

 何だか断り辛い雰囲気になってきてしまい、一夏は助けを求めるべく視線を彷徨わせたが、誰一人一夏と視線を合わせようとはしなかった。

 

「それとも、一夏は私と一緒に遊びたくないの?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだが……」

 

「じゃあいいよね!」

 

「あ、あぁ……その代わり、もうちょっと練習させてくれ」

 

 

 結局簪に押し切られる形で勝負する事になってしまった一夏は、恨みがましい視線で練習相手を指名した。

 

「それじゃあ、美紀に相手してもらおうか」

 

「わ、私ですか!?」

 

「普段簪の相手をしてるのが美紀だという事は知ってるから、ちょうどいいだろ?」

 

 

 Sっ気たっぷりの笑みに、美紀は身震いをしながら簪からゲーム機を受け取った。

 

「無様に負けないように頑張ります」

 

「俺が勝てるとも思えんがな……まぁ、こっちも簡単に負けないように気を付けるさ」

 

「お~、いっちー対美紀ちゃんか~。意外な勝負だね~」

 

「美紀、下剋上を狙ったら?」

 

「ゲームで下剋上も何も無いよ……」

 

 

 簪の提案にため息を吐きながらそう答え、美紀は一夏の相手を務め、辛くも勝利を手にしたのだった。

 

「ギリギリ……」

 

「やっぱり俺が負けたな」

 

「でもいっちー、このゲーム二回目でしょ? それで美紀ちゃんといい勝負が出来たんだから、次はかんちゃんともいい勝負が出来るよ、きっと」

 

「やっぱり一夏は侮れないね」

 

「そもそも侮ってないでしょ、簪ちゃんは」

 

 

 刀奈のツッコミに苦笑いで応えて、簪はそれ以降言葉を発することは無かった。

 

「物凄い集中力……これが簪ちゃんの本気なのね」

 

「こんな事に本気を出さなくてもと言いたいですが、簪の自由ですからね」

 

 

 刀奈の言葉に一夏が反応し、そして苦笑いを浮かべた。普段から無意識に自分の力をセーブする癖がある簪が、ゲームでは本気を出せる事をどう思ったのかは分からないが、一夏の表情も真剣味を帯びたものに変わってきたのを、全員が感じ取っていた。

 

「たかがゲームなのに、この緊張感はなんなのよ」

 

「兄さまが本気で相手をするに値したという事なのでしょう。簪が少し羨ましいです」

 

「でも、アンタはお兄ちゃんと対峙したいわけじゃないでしょ?」

 

「当然ですよ。マナカだって、もう兄さまと戦いたいとは思ってないのでしょう?」

 

「私はそもそも、お兄ちゃんと戦いたいなんて思ったことは無いわよ」

 

 

 微妙に緊張感のない会話を繰り広げているマドカとマナカであるが、一夏と簪の集中力はその程度では揺らがなかった。互いに準備が出来たようで、いよいよ対戦が始まるというのを感じ取り、マドカとマナカも口を噤んだ。

 ポータブル型なので画面は周りからは見辛いが、それでも何とか覗き込んでいた刀奈たちが、二人の動きを見て息を呑む。とてもゲームとは思えない動きで戦う二人に、感嘆と呆れが混ざった息を吐き、勝負がついたのを機に全員が息を吐いた。

 

「物凄い戦いだったね」

 

「でも、やっぱりゲームではかんちゃんが最強だね」

 

「でもでも、簪ちゃんはこのゲームやり込んでるけど、一夏君は三回目でしょ? 一日経ったら一夏君の方が強いかもしれないわね」

 

「お嬢様、変に煽ったりするのはおやめください」

 

「さすが一夏……危なかった」

 

「涼しい顔して全部ブロックしておいてよく言うよ」

 

 

 スコア的には簪のパーフェクトゲームではあるが、一手でもミスをしていれば一夏が勝っていてもおかしくは無い展開だったのだ。それだけ簪のテクニックが一夏の才能を上回っていたという事なのだが、才能に努力が加われば簪でもそう簡単に勝てるとは思えない展開だったのだ。

 

「やっぱり一夏君って器用よね」

 

「細かい作業が得意だからじゃないですかね? もっと大雑把なゲームだったら、たぶん下手です」

 

「いっちーにも苦手があるんだね~」

 

「いや、そもそも俺は風呂が苦手だって言ってるだろ……」

 

「そういう苦手じゃなくって、勉強とかいろいろ得意だから、ゲームが苦手だって分かっただけでも収穫だよ~」

 

「何に使うんだ、そんな情報?」

 

「ん~? 何にも使わないよ~。ただ、いっちーの事をより多く知れたってだけ~」

 

「何なんだよ……」

 

 

 相変わらず調子がつかめない本音相手に、一夏は苦笑いを浮かべながら、ゲーム機を簪に返して一息入れるのだった。ちなみに、その後何度か刀奈が簪に勝負を挑んだが、全て簪の完勝であった。




のんびりはしてるが、まったりはしてないですね……

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