更識勢が学園を留守にしているとはいえ、ＶＴＳルームを自由に使えるわけではない。だがアリーナの使用許可は取りやすくなっているので、鈴たちはちょっとしたトーナメントを開くことにしたのだった。
「参加者はアタシ、セシリア、ラウラ、静寐、エイミィ、香澄ね」
「僕は開始の合図を出すよ」
「どういう分け方をするんだ？ じゃんけんでもするのか？」
「実力的な差はそれほど無さそうだし、くじ引きで良いんじゃない？ ここに更識勢がいたら文句でも出るでしょうが、静寐や香澄は所属ってだけで実力的にはアタシたちといい勝負なんだからさ」
「否定出来ないのが悔しいのか、代表候補生と同等と思われたことが嬉しいのか複雑なんだけど」
「まぁ、入学した時のことを考えれば、喜ぶべきなのだと思いますよ」
候補生ではない静寐と香澄は、数合わせ的な意味もあるが、実力的にはセシリアたちとさほど変わらないまでに成長しているので、戦い方次第では十分勝ち抜くことは可能である。
「ティナは専用機を持ってないし、後は旅行中だったり先輩だったりするからね」
「サラになら声を掛けられますけど？」
「でもそれじゃあ奇数になっちゃうでしょ？ シャルロットが参加しないって言ってるんだし、これで良いんじゃない？」
「最近は殆どＩＳを動かしてないから、僕が混ざってもすぐに負けるのがオチだからね」
シャルは授業以外でＩＳを展開する機会がめっきり減っており、今ではほとんど専用機を持っているだけになっているのだ。
「お兄ちゃんのお手伝いが出来るのは羨ましい事だぞ、シャルロット」
「あはは……まだ手伝いってレベルまで行ってないんだけどね」
シャルは基本的には更識から派遣されている人間に教わりながら仕事をしているので、まだまだ一人前というわけではない。それでも十分に一夏の役に立っているのだが、彼女が一夏から受けた恩の大きさを考えると、まだまだ納得出来ないのであった。
「まぁ、シャルロットさんは頑張っておられるようですし、近い将来一人で社長業を全う出来るようになるだろうと一夏さんも思っていらっしゃいますわよ」
「そうだと良いんだけどね」
「そういえば静寐。アンタ昨日箒とＶＴＳで戦ったんでしょ？ どうだった」
いきなり話を振られ、静寐は少し驚いたような顔を見せたが、すぐに鈴の問いかけに答えた。
「前の篠ノ之さんとは比べ物にはならないけど、禍々しい殺気は無かったわよ」
「ふーん……一夏が野放しにして旅行に出かけたのも頷けるってわけね」
「野放しにはしてないわよ？ キッツイ見張りが付いているし、少しでも不審な動きをしたら狩られるわけだし」
「あの双子ね……まぁ、確かにあの二人が監視してるなら問題ないのかしらね」
そう結論付けて、鈴は組み分けようなあみだくじをアリーナの地面に書き始めたのだった。
真耶から連絡を受け、織斑姉妹の監視が多少なりとも柔らかくなったことを一夏に報告した碧は、その場に座り込みのんびりする事にした。
「学園では鈴ちゃんたちがトーナメントみたいなことをしてるみたいね」
「アリーナを使わせろと連絡がありましたからね」
アリーナの申請許可は、生徒会メンバーの誰でも出すことは出来る。だが、そのメンバーが学園にいない今、代理で織斑姉妹か真耶のどちらかでも良いのだが、鈴は直接一夏に連絡が出来る数少ない更識以外の人間であり、その文面にも遠慮は無かったのだ。
「鈴は一夏のアドレスを知ってるんだね」
「昔からの付き合いだからな」
「他に一夏君のアドレスを知ってるのって誰がいるの？」
「他ですか……静寐のは知ってますが、後はいないかもしれませんね……」
ここにいる以外のメンバーのアドレスを殆ど知らないという事を再認識した一夏は、自分の交友関係の狭さにため息を吐いた。
「シャルロットちゃんのも知らないの？」
「シャルは友人というよりは仕事仲間の印象が強いので、ちょっと違うんですよね……いや、知ってはいますが」
「そう言えば前に黛さんが、一夏さんのアドレスを聞き出して一儲けしようとしてましたね」
「そんなので儲かるんですかね」
一夏としては、聞かれれば教える事は吝かではないのだが、更識のメンバーが教えるなという事で教えていないだけなのだ。だからそれほど自分のアドレスに価値があるとは思っていないのだが、どうやらそれは一夏だけであった。
「一夏のアドレスなんて売り出したら、かなりの人が買うと思うよ」
「薫子ちゃんがぼろ儲けしそうな勢いで売れるでしょうね」
「むしろプレミア価格になりそうです」
「一夏さんは自分の人気を正確に把握してないみたいですね」
「そうなのか？ 話しかけられる事も少ないから、興味など無いと思われてるんだと思ってたが」
「それは一夏君がいっつも忙しそうにしてるから、せめて教室では休ませてあげようと思ってるだけだと思うよ」
「そんなに疲れてるように見えますかね？」
一夏の問いかけに全員が力強く頷くと、一夏は情けなさそうにため息を吐いた。
「まぁ、来年からは少し疲れて見えないようにしなければな」
「そうだけど、来年はもっと忙しくなると思うよ」
「そうなんだよな……」
来年の事を考え憂鬱になった一夏は、もう一度ため息を吐いたのだった。
いったい幾らで売るのやら……