本当なら近場を観光でもしようと計画していた刀奈たちではあったが、一夏が疲れているのと、本音がまだ起きないのもあって、部屋でのんびりする事にしたのだった。
「それにしても、本音のこの熟睡は凄いですよね」
「それって褒めてるの?」
「どうでしょうね」
マドカとマナカが熟睡している本音の頬を突きながらそのような事を話していると、虚が情けないような表情でため息を吐いた。
「どうかしたの、虚ちゃん?」
「いえ、高校一年にもなって誰かに起こされないと起きようともしない妹が情けないなと思っただけですので」
「そんなことを言ったら、高校二年生にもなって、寝る前にトイレに行くのを忘れた挙句に、お化けが怖いといって義弟の布団に潜り込んだ姉を持つ私はどうなるんですか?」
「だから忘れてないもん! というか、あれは簪ちゃんだってビックリするわよ!」
簪の言葉に過剰に反応して見せる刀奈を見て、美紀と碧は苦笑し、簪は盛大にため息を吐いた。
「とにかく、お姉ちゃんは今日ちゃんとトイレに行ったか確認するからね。もし同じことがあるようなら、おしめでも穿かせるから」
「嫌よ、そんなの!」
「だったら、夜中に一夏の布団に潜り込んで、一夏の睡眠を邪魔するようなことはしないんだね?」
「だから、あれはたまたまで、篠ノ之博士が侵入してたからビックリしただけだもん!」
「簪、そろそろ苛めるのは止めてやったらどうだ? 本気で泣きかねないぞ」
「別に苛めてるわけじゃないけど、一夏がそう言うなら止めておくよ」
「それにしても一夏さん。篠ノ之博士はいったいどのような用事でここに来たのですか?」
「知らん、そんなの。あの人が何を考えているかなんて、分かりたくもないからな」
本当は何しに来たのか知っている一夏ではあったが、それを刀奈が起きていた理由がトイレではないという事が勘付かれてしまうので、あえて知らないフリをしたのだった。
「まぁ、篠ノ之博士が何を考えて行動しているのか分かるのでしたら、こんな国際指名手配もどきのような事態にはなってないでしょうしね」
「碧さんも、なかなか酷い言い草よね」
一夏が束の目的を知っている事を知っている碧も、一夏が隠そうとしたのを理解して援護射撃をすると、刀奈が少し呆れ気味にそう呟いた。
「そうですかね? 私も結構長い付き合いになりますけど、織斑姉妹の考えも篠ノ之博士の考えも全く分かりませんし」
「変態共の思考なんて分からなくていいんですよ。とにかく、束さんにはキツく言っておいたので、今夜は忍び込んだりはしないでしょう」
「一夏、少し横になったら? 何だかすごく眠そうだよ」
「そうか……? 自分ではそんなつもりはないんだがな……」
「兄さま、布団の用意をしますか?」
「なんだったら、私たちも一緒に寝てあげるよ」
妹双子の申し出を笑顔で断り、一夏はその場で横になり目を瞑った。
「一夏さんは少し働き過ぎなのですから、この旅行中くらいはゆっくりと休んでください」
「言われる程働いているつもりは無いんですがね……」
「いえ、どう考えても一夏さんは働き過ぎです。お嬢様がサボったりするのも原因ですが、学園や政府、他国の要人たちとの交渉など、どう考えても一夏さんがする必要のない事まで背負いこんでいるのですから」
「確かに、一夏君がやらなくても良いような事もあったわね」
「お父さんが代理で出来ればよかったのですが、どうしても一夏さんが動いた方がスムーズに事が運ぶことが多かったですからね」
「まぁ、織斑姉妹に任せて世界地図から国が数個無くなるような事態を避けるためにも、俺がやった方が良かったんですから、ある意味俺の仕事だったんですよ」
確かに織斑姉妹の暴走を止められるのは一夏しかいないので、そう言われればそうなのだが、それでも一夏が背負いこむ必要は無かったのではないかと虚は思っているのだ。
「それだけのことをしたのですから、自業自得だと思いますけどね」
「そうかもしれませんが、さすがに国一つ滅ぼすとなるといろいろと問題がありますし、恐怖支配をしたいわけじゃないですから」
「それを一夏君が言う? 一夏君の『お願い』は各国からしたら十分恐怖の対象だと思うんだけど」
「別に脅してるわけじゃないですし、あくまでお願いですから」
「今の世界情勢を考えれば、更識のお願いを断れる国なんて無いって分かってるでしょ、お兄ちゃん」
「断ってくれても構わないお願いもあるんだがな。まぁ、イギリス相手にした交渉に尾ひれがついて広まったのが原因だろうな」
「あの『断ったら優秀な技術者だけを引き抜いてこの国のIS産業を大幅に遅れさせることだって出来る』というヤツよね? 本当にそんなこと言ったの?」
「いえ、精々『この国に支社を作ってそこに再就職させる』くらいしか言ってませんよ。まぁ、支社で得たデータは政府に渡す事は無かったので、あながち誇張というわけでもなさそうですが」
平然と言ってのける一夏に、刀奈たちは苦笑いを浮かべる。普通ならそんなことあり得ないだろうと笑い飛ばすのだが、一夏にはそれが出来てしまうだけの権力と財力、そしてカリスマ性があるのだ。
「まぁ、今はゆっくり休んでちょうだい」
「刀奈さんがそれを言いますか……」
一夏が片目を開き非難の目を向けると、刀奈はゆっくりと一夏から視線を逸らしたのだった。
一夏の脅しは怖いですね……