束と刀奈の所為で中途半端な時間に目を覚ました一夏は、物音をたてずに部屋から抜け出し、自動販売機でコーヒーを購入して一休みする事にした。
「まさか束さんが侵入してくるとはな……てか、刀奈さんも何であんなことをしたんだか……」
事情はある程度聞いたが、イマイチ要領を得なかった、というよりも、一夏にとって彼女たちの必須栄養素であるところの『一夏分』という物自体理解しがたいので、どれだけ説明を受けても納得する事は出来ないのだ。
「枯渇すると生死に関わるらしいが、今のところその病気が発症しているのは織斑姉妹、束さん、刀奈さん、マナカの五人らしいが、簪や美紀も予備軍だと刀奈さんは言っていたし、他にも潜在的に発症している可能性がある人はいるらしいし……」
自分が原因なのは分かっているが、どのような理由で発病し、どうすれば治るのかも分からないので、一夏はどうする事も出来ないのだ。
「てか、本当にそんな病気があるのかも疑わしいしな……」
飲み終えた缶を指定されたゴミ箱に投げ入れ、一夏は背後に現れた気配に尋ねる事にした。
「どう思います?」
「そうですね、少なくとも私は発病してませんし、今のところはその『一夏分』というのが何なのかも分かりかねますね」
「そうですよね……」
「そもそも、私は一夏さんと長時間離れる事は無さそうですし」
「在学中は兎も角、卒業したら離れるんじゃないですかね。碧さんは教師を続けるわけですし、俺は当主として様々な国を飛び回るわけですから」
「教師である前に一夏さんの護衛ですから、一夏さんが卒業する年に私も教師を辞める予定ですから」
「それまでに織斑姉妹が大人しくなっていれば問題なく辞められるでしょうが、碧さんほどの優秀な人材を手放すとは思えませんがね」
一夏としても、碧は手放したくない人材の一人であるので、護衛としてついてきてくれるのであれば碧を指名したいと思っているが、人材不足なIS業界で、後任を育てるのにも優秀な手腕を発揮するであろう碧をあの学長が手放すとは考えにくいのだ。
「私の人事権はIS学園ではなく更識にありますので、一夏さんが一言発すれば解決しますよ」
「まぁ、それもそうなんですがね……碧さんの穴を埋めるにはかなりの数の教師が必要になるでしょうし、ゴネられる未来しか視えないですけどね」
「マドカさんとマナカさんも一夏さんと同時に卒業するわけですから、そのまま教師として採用してもらえば良いんですよ」
碧の提案に、一夏は少し考え込んでから若干否定的な答えを返した。
「マドカとマナカの二人であの姉を止められるかと聞かれれば微妙としか答えられないですね……そもそも、二人だって教師として残りたいのかどうか分かりませんし」
「それならやはり、織斑姉妹がまともになるのを祈るしかないですね」
「ほぼありえないでしょうが、期待しましょう」
そもそもあの二人がもう少しまともであるならば、一夏がこれほど忙しい思いをする事も、真耶や紫陽花が彼女たちの尻拭いをさせられ、挙句碧に泣きつく事も無かったのだ。だから限りなくゼロに等しい可能性だと、一夏も碧も重々理解しているのだが、その可能性に期待する事にしたのだった。
「まぁ、刀奈さんや簪、美紀が代表を引退したら、そのままIS学園の教師にという依頼が来てますからね。虚さんにも来てるようですが」
「四人とも更識企業への就職が決まっているのではないのですか? いくら世界的な大企業とはいえ、優秀な人材を手放す余裕は無いと、一夏さんも言っていたじゃないですか」
「まぁ、俺個人としては側にいてほしいですが、皆さんが教師をやりたいというなら止められませんから」
「その言葉を聞けば、どんな好条件でも蹴っ飛ばして一夏さんの側にいるとおもいますよ」
碧の確信めいた言葉に、一夏は首を傾げたが、恐らくは碧の言う通りになるだろう。例えどんなに好待遇でも、一夏の側を離れるという苦痛に耐えられるはずもなく、また一夏が側にいてほしいと言ってくれたなら、どんな条件でも飲むはずはないのだ。
「とにかく一夏さん、今は慰安旅行中なのですから、余計な事を考えて疲れる事の無いようにしてくださいね」
「それは束さんや刀奈さんに言ってくださいよ。こんな時間に考え事をする羽目になったのは、あの二人が発病している謎の病気の所為なのですから」
「単純に一夏さんに触れられなくて寂しい、というわけではなさそうですしね……本当に死に至るのでしょうか?」
「試そうにも、本当に死者が出たら大変ですし、そもそも誰で試すかも問題ですからね」
「一番支障がないのは織斑姉妹のどちらかでしょうけどもね」
「……まぁ、残りの面子を見れば、その二人のどちらかになるでしょうが、IS業界的には、誰が欠けても困るんでしょうがね」
刀奈、束、マナカと比べれば千冬と千夏のどちらか一人が欠けても問題は少ないと一夏たちは判断したが、それはあくまでも一夏たちだから出来る判断である。IS業界的には千冬か千夏のどちらかが欠けても大問題であるため、やはり一夏分欠乏症の検証は不可能だと判断し、一夏と碧はため息を吐いて部屋へと戻る事にしたのだった。
「ところで、何故碧さんはあの場所に?」
「私は一夏さんの護衛ですから」
満面の笑みで答える碧に、一夏は感謝を込めて頭を下げたのだった。
一番立派な護衛ですね