暗部の一夏君   作:猫林13世

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ちゃんと仕事はしています


当主としての一夏

 代表選考の模擬戦は、てっきりトーナメントだと思っていた刀奈は、実は総当たり戦だという事を知らされて少なからず驚いていた。

 

「総当たりって……候補生って結構な数いるわよね」

 

『全部で八人ですね。内五人が今回代表になれなかったら引退すると表明していますので、結構死に物狂いで挑んで来るでしょう』

 

「うへぇ……何だか面倒ねぇ」

 

『戦う前からそんな事思ってたら、思わぬところで足元を掬われますよ。一夏さんに期待されているんですから、刀奈は代表にならなければいけないんです』

 

「分かってるわよ。お父さんに良い報告をしなきゃいけないし、一夏君に失望されたくないんだから」

 

「あの……更識さん? 誰と話してるんですか……?」

 

「ふへ?」

 

 

 蛟と会話していた刀奈に、真耶が不気味がっているのを隠しきれていない表情で話しかけてきた。まぁ真耶の表情は無理もないもので、周りから見たら刀奈は、誰もいないのに誰かと会話しているのだから。

 

「えっと……この子とです」

 

「この子って……更識さんの専用機、ですよね?」

 

「造ってくれた人のおかげで、更識制の専用機はその持ち主と会話する事が出来るんですよ」

 

「そうなんですかー……という事は、小鳥遊さんの専用機も?」

 

 

 真耶が憧れている相手である碧の事を聞かれ、刀奈は自分が不審者扱いされなくて済んだと確信した。

 

「そうですね。といっても木霊の声は私には聞こえませんので、碧さんに確認するしかないですが、同じ人が造ってくれたISですので、おそらくは会話出来るのだと思いますよ」

 

「そうですか、凄いですねー。更識さんのお家で造った専用機は話す事が出来るんですかー」

 

「その人曰く、ISは最初から話しかけてきてる、らしいんですけどね」

 

 

 これから総当たり戦を繰り広げるというのに、刀奈と真耶はそのままIS談義に花を咲かせた。周りではピリピリとした空気を纏っている残りの候補生がいるというのに、この二人は全く動じずに話していた。

 

「――そういえば、真耶さんもこれが駄目なら辞めるんでしたっけ?」

 

「そうですね。IS学園の教師にならないか、という打診も来てますし、何時までも代表に拘るのもどうだろうと思いまして」

 

「真耶さんってまだ高校生でしたっけ?」

 

「三年ですけどね」

 

「と、言う事は卒業したらすぐに教師に?」

 

「一応研修とかあるのでしょうが、そのつもりです」

 

 

 第二回モンド・グロッソが終われば織斑姉妹も引退すると表明しているので、真耶が代表の座を諦めるのは些か早いように刀奈は感じていた。だが同時に、これで簪や美紀が代表、または候補生に選ばれる確率が高くなったと内心喜んでいたのだった。

 

「無駄話はそこまでだ! これから総当たり戦を開始する」

 

「なお、順番などはこちらで決めさせてもらった。文句があるやつは今すぐ荷物を纏めてここから去るのだな」

 

『相変わらず偉そうですね』

 

「(まぁ現役の代表で、ここにいる誰よりも強いからね……仕方ないわよ)」

 

 

 織斑姉妹の言動を受けて、蛟がぼやいた。そのぼやきに、刀奈は苦笑いを浮かべそうになるのをこらえながら、心の中で蛟に答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 代表選考会が行われている頃、更識家では一夏と尊が顔を合わせていた。表向き楯無となった尊だが、屋敷内では楯無として振る舞う事は無い。

 

「それで一夏君、企業代表として虚ちゃんはどれくらいなんだい?」

 

「機体の性能差を差し引いたとしても、虚さんの実力はずば抜けているでしょうね。それこそ、国家代表に選ばれてもおかしくは無いくらいには」

 

「なるほど……各国のIS関連企業から文句が上がるわけだ」

 

「言っちゃ悪いかもしれませんが、性能の差も代表の差も、こちらが悪いわけじゃ無くそれぞれ用意出来なかった方が悪いんですよ」

 

 

 書類に目を通しながら、一夏が余程小学生には似つかわしくない口調で斬り捨てたのを受け、尊は苦笑いを堪える事が出来なかった。

 

「時々、君は私たちと同年代なんじゃないだろうかと思う時があるよ」

 

「私は美紀たちと同い年ですが」

 

「ああ、知っているさ。だがね、子供らしくないのだよ」

 

「一応は楯無を襲名した身ですから。子供らしさなど、とうに捨てました」

 

 

 書類から視線を尊に向け、一夏はあっさりと言い放つ。先代楯無を失ってまだそれほど経っていないのだが、更識企業は順風満帆という言葉が当てはまり過ぎるくらい順調に業績を伸ばし続けていた。その背景には、一夏が大人よりも大人らしいから、という事が多分に含まれるだろう。

 

「やれやれ、少しは娘たちと一緒に遊んであげてくれないか? 家に帰れば『一夏さん、一夏さん』と五月蠅いのだよ」

 

「美紀も私が楯無である事は知ってるのですから、もう少し我慢してくれてもいいと思いますがね。来年からは同じ学校に通うわけですし、一緒にいられる時間は増えるんですから」

 

「普通の子供は、君ほど理屈で物事を考えられないんだよ。今日はもういいから、娘たちの所に行ってあげてくれ」

 

「……了解しました」

 

 

 次の書類に手を伸ばしかけていた一夏は、若干不満そうな顔をしながらも、次の瞬間には完全に何時もの雰囲気に戻っていた。元々美紀や本音、そして簪と一緒にいる時間が減っていると一夏も思っていたので、今回の尊の申し出は一夏にとっても良いものだったのだ。

 だが楯無としての一夏がそれを喜んで受け入れると問題があると考えていたので、一夏はあえて不満そうな顔をしていただけだったのだった。その辺りは、やはり小学六年生、子供らしいと言えるのかもしれないと、尊は密かに微笑ましげな顔をしていたのだった。




子供なのか、大人なのか……

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