一夏たちが旅行で留守にしているとはいえ、箒に対する監視が緩むことは無い。むしろ織斑姉妹に監視が変わった事により、箒は普段以上に見張られている感じがしていた。
「どうかしたの、篠ノ之さん」
「いえ、何時もの方ではない方が監視しているようで、気になってしまうのです」
「あぁ、一夏君たちが旅行でいないから仕方ないわよ。でも、確かにあからさまな視線よね」
冬休みという事でVTSルームの使用制限が解除されているので、日付が変わるギリギリまでVTSルームを私用していた箒と静寐は、監視の織斑姉妹の視線を感じて互いに苦笑いを浮かべた。
「更識所属の監視は、もう少し柔らかい感じでしたから、あからさまに『疑っている』という意味を込められるのは心にくるものがあります」
「篠ノ之さんのしてきたことを考えると仕方ないのかもしれないけど、この視線はあからさま過ぎるわよね……一夏君に相談してみれば?」
「相談と言われましても、私は一夏様に連絡する手段を持ち合わせていませんので」
「携帯とか持ってないの?」
静寐の問いかけに、箒は躊躇いがちに頷いた。亡国機業に所属した際に、以前の箒が持っていた携帯などの通信手段は一切処分され、今の箒になってからは一夏と離れる機会もそうなかったので、連絡手段を持ち合わせていないのだ。
「それじゃあ、私から一夏君に連絡してあげるわ。たぶんだけど、まだ一夏君は起きてるだろうし」
「ですが、今は一夏様たちは慰安旅行中ですので、私の問題を持ちかけるのは失礼ではないでしょうか?」
「精神衛生上よろしくないから、改善してもらうだけよ。このままじゃ精神的に滅入ってしまうでしょ?」
静寐の言い分に箒も納得したようだが、一夏に連絡するのは朝になってからでもよいのではないかと思っていた。後は部屋に戻って寝るだけだし、もし目覚めて同じような監視だったら改善してもらえばいいと箒は考えたのだ。
「それでは、明日の朝になっても変わっていなかったら連絡してもらってもよろしいでしょうか?」
「それは構わないけど、今じゃなくていいの?」
「一夏様が寝ているかもしれませんし、このような時間に連絡をするのは非常識だと思いますので」
「まぁ、それもそうね……それにしても、あの篠ノ之さんから『非常識』なんて言葉を聞くとは思わなかったわ」
「そうなのですか?」
「こう言ったら今の篠ノ之さんに失礼だけど、前の篠ノ之さんは非常識が服を着て歩いてたような感じだったから」
静寐の言葉に箒は前の自分はそれほどまで非常識だったのかとショックを受け、ますますしっかりしなければと心に決めたのだった。
「それじゃあ、一応メールだけ送っておくわ。もし朝になっても改善されてなかったら電話してみましょう」
「お願いします。それでは、おやすみなさいませ」
静寐と別れ、箒は自室へと続く廊下を歩きながら、監視している織斑姉妹の気配を感じながら過去の自分を殴りたい気持ちに支配されたのだった。
静寐からのメールを受け、一夏は織斑姉妹にメールを送り、気持ち疑いの目を弱めるように指示を出した。
「まったく、最初から疑ってかかったら改心する者も改心しなくなるだろうに……」
「まぁ、織斑姉妹ですし、監視対象が篠ノ之さんですから仕方ないといえばそれまでですがね」
「今の篠ノ之は何の悪さもしてないのですから、疑うだけ無駄ですけどね」
「あれが演技だったら凄いですが、香澄さんの特殊能力でも裏は感じ取れないようですので、本当に生まれ変わったのでしょうね」
「束さんの発明品という事が問題ですが、今のところは良い方に作用してますね」
碧と話している最中にメールが着たので、碧も何事かと一夏に問いかけ、内容を聞いていたのでこの話題なのだが、結局最後まで問題なのは箒ではなく織斑姉妹なのではないかと碧は思い始めていた。
「あの二人、もう少しどうにかならないのですかね?」
「あれは無理でしょう……IS学園だから雇われているのであって、一般企業ではまず採用されないでしょうね」
「過去の栄光も吹き飛ばすくらいの駄目っぷりですからね……」
「あれで指導力が無ければ学園もクビにするのでしょうが、指導力だけは他の追随を許さないものがありますからね……もちろん、碧さんはあの二人より上ですが」
「指導力だけなら勝てませんよ。それでも、生徒からの信頼とか、他のものは勝ってると思ってますが」
「当然ですね。暴力暴言が当たり前の織斑姉妹より、懇切丁寧な碧さんの方が生徒はついて行くでしょうし、どちらに教わりたいかと尋ねられれば当然碧さんと答えますよ」
「まぁ、ボーデヴィッヒさんのような例外はいますけどね」
「あれはまぁ……とにかく、来年からは本格的に碧さんを寮長にした方が良いのではないかと思ってますよ」
「ですが、織斑姉妹を寮から追い出すと、どのような問題が起こるか分かりませんよ?」
「そうなんですよね……目を離すと何をするか分かったものではありませんので……」
「一夏さんが保護者みたいですよね」
碧の言葉に、一夏は本気で嫌そうな表情を浮かべた。血縁であることも嫌なのに、ましてや保護者などと言われれば当然だろうと、碧は本気で一夏に同情したのだった。
碧のツッコミが、一夏の大変さを物語っている……