夜風に当たりながら逆上せた頭を冷やしていた一夏は、部屋から刀奈が飛び出してきたのを不思議そうに眺めていた。
「どうかしたのですか?」
「皆が私の事を痴女だって言って苛めてきたの」
「まぁ、からかったくらいでしょうね。本気でそう思っているのなら、本人には言わないでしょうし」
「そうなの?」
「そもそも、刀奈さんは痴女じゃないと思いますよ。織斑姉妹の方がよっぽどですし」
「その二人と比べられるのも微妙だけど、あの二人ってそうなの?」
刀奈の問いかけに、一夏はため息交じりにあの二人の行動を聞かせることにした。
「脱いだ下着は洗濯もせず部屋に放置しっぱなしで、弟の俺に片づけさせたり、下着姿でうろうろしたり、最悪素っ裸でうろついたりもしてますからね。ほんと、寮長を解任して学生寮から追い出してやろうかとも思いましたが、あの駄姉二人の所為でご近所に迷惑をかけるのもどうかと思いまして、一応寮長のままで放置していますが」
「女だらけの世界で生活してたらそういうところが鈍感になっちゃうのかな? 薫子ちゃんもたまにお風呂上りに下着姿でうろうろしてるし」
「あの人もですか……まぁ、人目につかなければ問題ないのでしょうが、あの二人は俺が訪ねてきても服を着る素振りもせずマドカに怒られていましたけどね」
「あっ、そこはさすがにマドカちゃんも怒るんだ」
「マドカはしっかりと慎みを持っていますから」
そんな話をしていると、刀奈はさっきまで感じていた怒りが静まったのを感じ、急に肌寒さを覚えくしゃみをしてしまった。
「くしゅん! さすがに年末だけあって寒いわね」
「何でそんな恰好で外に出てきたんですか……」
「だって、皆にイジメられたと思ったから」
しょんぼりとした刀奈の肩に、一夏は自分が羽織っていた上着をそっとかける。逆上せたとはいえこの気温の中浴衣一枚で外に出るような事はしなかったのが功を奏した。
「ありがとう。でも、一夏君が寒いんじゃない?」
「俺はもう中に戻りますから」
「そうなの? でも、もうちょっと外にいない? こうすれば一夏君もあったかいだろうし」
掛けられた上着を一夏に着せて、刀奈は一夏に抱き着いて暖を取る。他の人に見られたら嫉妬されるであろう光景だが、こんな寒い中外に出る物好きはそうそういない。
「刀奈さんも随分と甘えんぼですよね」
「本音ほどじゃないと思うけどな」
「そこと比べられたくは無いと思いますが、簪も意外と甘えんぼだと最近知りました」
「簪ちゃんは普段我慢しちゃうから、一夏君相手なら我慢しなくてもいいと思ってるんじゃない?」
「まぁ、頼られるのは嬉しいですが、簪の場合は嫉妬も激しいですからね」
「でも、そこが可愛いのよね」
姉バカを発揮した刀奈に、一夏は苦笑いを浮かべながら、刀奈が寒くないようしっかりと抱きしめたのだった。
「こういうところが、一夏君に甘えたくなる原因なのよ。分かってる?」
「どういうところですか?」
「無自覚なんだ。ますます惚れちゃううわね」
「はぁ……」
特に意識しての行動ではないので、一夏は刀奈が自分の何処に惚れたのかが分からない。だが天然故にキュンと来る行動なので、刀奈はあえてその事を一夏に教える事はしなかった。
「一夏君、来年から生徒会長をやらない?」
「刀奈さんには勝てませんよ」
「私は、一夏君に完敗してるわよ」
「なににですか?」
「こうやって抱きしめられたら抵抗なんて出来ないし、このまま襲われても逃げ出す事は出来ないもの。だから、一夏君が私よりも強いの、だから生徒会長の資格は十分よ」
「そういって、来年から堂々とサボるつもりですか? 虚さんが卒業するから」
「そうじゃないわよ。でもね、一夏君が会長の方がみんなしっくりくると思うのよ。もちろん、私も一夏君のお手伝いはちゃんとするし、虚ちゃんがいなくなった分も働くつもり」
刀奈から伝わってくる感情は確かにやる気に満ちていると一夏も感じている。だが生徒会長になるのは少し考えてしまうのだった。
「俺は更識の仕事もありますので、よく学園を留守にするのですが、その辺りは刀奈さんが会長の方がスムーズに事が運ぶと思うのですが」
「私だって代表として忙しくなるだろうし、今だって会長不在でもなんとかなるんだから」
「それは虚さんがしっかりとフォローしてくれるからですよ。しかし来年は虚さんがいませんので、俺だけではフォローしかねます」
「本音が真面目に――無理ね。新入生で優秀な子がいてくれればいいのだけど」
「そもそも、来年の事を今から話しても意味はありませんよ。とりあえず、会長の事は考えておきます」
「お願いね。何だったら、一夏君が生徒会メンバーを一新させてもいいわよ? 静寐ちゃんとか優秀な知り合いは多いでしょ?」
「それも含め考えておきます。そろそろ部屋に戻りましょうか。簪たちも心配してるでしょうし」
「もうちょっとだけ。せっかく一夏君の体温を感じられる機会なんだからさ」
自分から抱き着く力を強めた刀奈に対し、一夏は苦笑いを浮かべながらも、もう少し刀奈を甘えさせることにしたのだった。
本音が真面目になるなど、天文学的確率でしょうね……