暗部の一夏君   作:猫林13世

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天国か地獄か……


お風呂での一幕

 全員の背中を洗い終えた一夏は、疲れ果てた様子で湯船に浸かっていた。その姿を物珍しそうに眺めていた刀奈だったが、すぐに一夏の隣に移動して抱き着いた。

 

「ごめんね、一夏君。お風呂苦手なのに誘っちゃって」

 

「いえ、それは別に構わないのですが、刀奈さんたちは俺が男だって事を忘れてるんですか?」

 

「どうして? 一夏君は私たちが知ってる中でも一番男の子だと思ってるわよ?」

 

「では、何故恥ずかしそうな素振りもなくくっつけるのですかね?」

 

「それは一夏君だからよ」

 

 

 何の根拠だと、一夏はツッコミを入れたくなったが、周りを見渡せば全員が頷いて刀奈の意見に同意して見せたのでため息を吐くだけに留めた。

 

「一夏は私たちの分まで恥ずかしがってくれるから、私たちはあまり恥ずかしくないんだよ」

 

「それでも、私たちも恥ずかしいんですけどね。刀奈お姉ちゃんみたいに開き直る事は出来てないですよ」

 

「私だって恥ずかしいけど、一夏君にだったら見られても構わないじゃない?」

 

「お嬢様、はしたないですよ」

 

 

 虚にツッコまれて、刀奈は軽く舌を出して反省して見せる。

 

「ところでお兄ちゃん、さっきから本音が大人しんだけど」

 

「兄さま、本音が湯船に浸かりながら寝ています」

 

「またか……」

 

 

 お風呂で本音が寝るのは珍しいが、一夏と一緒に入るとほぼ確実に寝てしまうのだ。

 

「本音、起きろ」

 

「ほえ? いっちーのエッチ~」

 

「一緒に風呂に入ってそれは無いだろ」

 

「分かってるよ~。ねぇねぇいっちーは誰が一番好きなの~?」

 

「いきなりなんだ」

 

「だって、いろいろと問題が解決して、いっちーも誰かと付き合う余裕が出てきたじゃない? だから、結婚するまでは誰かと付き合ったりするのかな~って思って」

 

「そんな余裕はない。まだ篠ノ之の問題やティナの移籍問題、ナターシャさんを表舞台に復帰させるための手続きなど、いろいろ残ってるんだ」

 

 

 一夏があげた問題に、刀奈と虚はため息を吐いた。その理由は、一夏が処理しなくても良いような仕事も含まれていたからである。

 

「一夏さん、少しは私たちに任せてくれませんか? いくら当主とはいえ働き過ぎです」

 

「碧さんには結構任せてるつもりなんですけどね……しかし、篠ノ之とティナの問題は俺が処理しなければいけないものですから」

 

「篠ノ之さんの問題は兎も角、ティナさんの問題は更識全体でバックアップする問題ですから、一夏さんだけが処理しなければいけないことは無いのですよ」

 

「そう…ですね……とりあえず部屋に戻ったら――」

 

「一夏君、ここではお仕事の話は無しだからね」

 

 

 刀奈に釘を刺され、一夏は目を瞑って頷いた。

 

「慰安旅行ですからね、さすがにしませんよ」

 

 

 そう言いながら一夏は脳内で様々な情報を処理していた。

 

「ほらまた仕事してる」

 

「してませんよ。皆さんのデータを修正してただけです」

 

「何のデータ?」

 

「更識所属の成長データを修正して、卒業後に何処を任せられるかを考えていた」

 

「完全に人事じゃない! 一夏君、それは仕事よ!」

 

 

 完全に仕事だと断定した刀奈は、一夏を怒ろうと立ち上がり、足をもつれさせて一夏の方へ倒れ込んでしまった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だけど、一夏君……くすぐったいよ」

 

「息がかかる距離にいるんですから我慢してください。立てますか?」

 

「うん、なんとか」

 

 

 立ち上がり一夏との距離を元の位置に戻し、少し顔を赤らめながらも一夏に頭を下げた。

 

「ゴメンね一夏君。倒れ込んじゃって」

 

「足がもつれてしまったのは仕方ないですよ。それよりも、周りの人の対処はお願いしますね。俺は先に部屋に戻りますから」

 

「えっ、ちょっと!」

 

 

 足早に脱衣所へ向かう一夏の背中を追いかけようとしたが、刀奈の肩には虚と簪の手が置かれていた。

 

「お姉ちゃん、ちょっといいかな?」

 

「今の、わざとではないですよね?」

 

「わざとじゃないわよ! てか、わざとだったらもっと一夏君にくっつくわよ!」

 

「……確かにお姉ちゃんならそれくらいやりそう」

 

「言われてみればそうですね……」

 

 

 それで信用されるのも微妙な気分だと思いながらも、刀奈はとりあえず疑いが晴れたことを喜ぶことにした。

 

「それじゃあ、私たちも部屋に戻りましょうか」

 

「そうですね。一夏さん一人では部屋で仕事をしてしまうかもしれませんし」

 

 

 碧の言葉に、簪と美紀は即座に湯船から脱衣所へと動き出した。

 

「早い!? 虚ちゃん、私たちも出るわよ!」

 

「はい」

 

「私たちはもう少しゆっくりしてますので、お兄ちゃんによろしく言っておいてください」

 

「私ももう少し入ってるね~」

 

 

 マドカとマナカ、それと本音はもう少し待ったりしたいと湯船に残り、刀奈たちを見送った。

 

「マドマドやマナマナはお風呂好きなんだね~」

 

「姉さまたちも好きなようですし、これは織斑家の血だと思われます」

 

「でも、いっちーはお風呂嫌いだよ?」

 

「お兄ちゃんも記憶を失う前はお風呂好きだったんだけどね……まぁ、今は研究の為に少しでも時間を使いたいからって、お風呂に入る時間を嫌ってるんだけど」

 

「いっちーは研究の虫だからね~」

 

「兄さまもいつかはゆっくりとお風呂に入る幸せを感じられるのかな~?」

 

 

 本音が呟いた言葉に、マドカとマナカはあり得ないかもしれないと、一夏が長時間風呂に入る光景を想像出来なかったのだった。




ほのぼのとは程遠いな……

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