生徒会室で作業している一夏を見て、刀奈は冬休みの予定を尋ねるのを躊躇ってしまった。ただでさえ自分の仕事も任せているのに、このタイミングで尋ねるのは邪魔になるのではないかと、珍しく殊勝な考えをしたのだが、一夏には無駄な気遣いだった。
「何か用ですか?」
「な、何でもないわよ?」
「刀奈さんが考えている事はだいたいわかります。心配してくれなくて大丈夫ですよ」
付き合いが長く、読心術が使えるのではないかと疑いたくなるくらいの勘の良さで、刀奈が心配していたことを把握した一夏は、安心させるように微笑みながら刀奈にそう告げた。
「一夏君って、普段無表情なのにこういう時だけ優しい顔をして……ズルいよ」
「なら、刀奈さんには常に怒ってる顔で接しましょうか?」
「ううん、今の表情が良い」
マドカやマナカに向けている表情に近いが、妹扱いはされていないので刀奈に文句はなかった。
「それで、何か用なのですよね?」
「えっとね、一夏君の冬休みの予定を聞きたいなって思ったの。だけど仕事中だったから、後にしようかなとも思ったけど、一夏君が心配いらないって言ってくれたから」
「冬休みの予定ですか? 今のところ特にないですね……あっ、でも」
「なに?」
「さすがに年始には本家に顔を出した方が良いのかなと思いまして」
「その辺りは尊さんが代理をしてくれるわよ、きっと」
「まぁ、高校生より大人の尊さんが顔を出した方が、周りも飲めますからね」
当主は一夏だが、彼は未成年であり、当主と酒を酌み交わすという儀式は当然の如く行えない。したがって尊が代理で参加してくれた方が、分家の当主たちもありがたいと感じるかもしれないのだ。
「そうなると、本当に特に無いですね……訓練にでも付き合いましょうか」
「それだったらね、私たちと旅行に行かない? 私たちも特に予定がないから、家族だけで旅行に」
「家族というと、更識関係者とマドカとマナカですか?」
「そうね。私と簪ちゃん、虚ちゃんと本音と美紀ちゃん、碧さんにマドカちゃんにマナカちゃんと一夏君で」
「たまにはいいかもしれませんね、織斑姉妹に篠ノ之さんの見張りを頼めばとりあえずは安心出来ますし」
「一夏君、視線が明後日の方を向いてるわよ?」
安心出来ないのは箒の所為か織斑姉妹の所為か、刀奈にははっきりと分かってしまったが、それを口にすることは無かった。
「それじゃあ、よさそうなところ探しておくわね」
「お願いします。あっ、部屋は別ですよね?」
「ううん、大部屋でみんなで雑魚寝しましょ!」
楽しそうな笑みを浮かべる刀奈を見て、一夏は抵抗を諦めたのだった。
生徒会室から戻ってきた刀奈が上機嫌だったので、簪たちは一夏の許可が取れたのだとすぐに理解した。
「お姉ちゃん、一夏の予定、大丈夫だったんだね」
「もちろん! それじゃあ、何処にしようか決めなきゃね。ちなみに、雑魚寝も許可してもらったから」
本当は断らせないように仕向けたのだが、そこは正直に言う必要は無いので黙っていた。
「雑魚寝と言っても、一夏さんの両隣は誰が寝るのですか?」
「そこは当日じゃんけんでも何でもいいから決めればいいわよ。それよりも今は、何処の旅館にしようか決めなきゃいけないわよ」
「と言いましても、全て更識の系列ですからね。予約するのは容易いでしょう」
「どうせならお兄ちゃんと混浴したいな」
「それいいわね! 何処か混浴が出来る温泉は無いかしら?」
「これは? 家族風呂って書いてある」
簪が全員に見える位置に資料を置くと、一斉に食い入るようにその資料に群がった。
「タオルの使用は不可だから、一夏君に見られちゃうわね」
「刀奈お姉ちゃんは昔、一夏さんと一緒にお風呂に入った事ありますよね?」
「そんなこと言ったら、皆だってあるでしょ?」
「私とマナカはありませんね」
「普通の兄妹ならあってもよかったのにね」
マドカとマナカの言葉に、部屋の空気が少し重くなったように感じた刀奈は、いつも以上に明るく振る舞った。
「それだったら、この旅行で兄妹の思い出を作りましょ? もちろん、私たちも二人の事を家族だって思ってるから、そっちの思い出も一緒に」
「そうですね。マドカさんとマナカさんは一夏さんの妹さんですから、私たちからしてみても家族同然ですから。お嬢様もたまにはいいこと言いますね」
「たまにはって酷くない!? 仮にも主様なのよ、私」
「刀奈様はあんまり主って感じがしませんからね~」
「本音はメイドって感じがしないけどね」
簪のツッコミに、本音以外の全員が頷いた。まさか碧までもが頷くとは思ってなかったので、本音は結構本気で驚いてしまった。
「とにかく、この旅館に決まりかしらね? 大部屋もあるし、この家族風呂で一夏君と一緒に温泉も楽しめそうだし」
「一番の問題は、一夏さんはお風呂嫌いってことですかね」
「さすがに逃がさないわよ? 皆だって一夏君とお風呂、入りたいでしょ?」
何時もなら刀奈の計画を阻止する側である簪や虚も、今回だけは刀奈の味方だったため、誰も否定の返事をすることは無かった。
「それじゃあ、この旅館に予約を入れておきましょう。一夏君の名前で良いわよね?」
「お嬢様の名前でも大丈夫だと思いますよ? 意味合い的にはあまり変わりませんし」
現当主か前当主かの違いはあるが、更識の名に変わりはないので、予約は刀奈の名前ですることになった。あっさりと予約が取れて、全員はその日を楽しみに過ごすのだった。
みんな楽しそうですね