暗部の一夏君   作:猫林13世

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その反応が普通だろうな……


普通の感性

 定期試験も終わり、冬休みに向けてまったりとした空気が流れだすはずの休み明けだが、一年一組には異様な緊張感が流れていた。

 理由ははっきりとしており、今日からあの「篠ノ之箒」がクラスに復帰するのだ。事情を知らない人からすれば、何故箒が復帰出来るのか不思議で仕方ないのだ。

 

「篠ノ之さんって国際裁判にかけられて死刑になるんじゃなかったの?」

 

「噂では篠ノ之博士が減刑を求めたらしいよ」

 

「私が聞いたのは、篠ノ之博士に恩を売ってコアを手に入れようとした国があるらしいって」

 

「私が聞いたのは、殺すよりも有効活用した方が償いになるって更識企業が進言したって」

 

 

 いろいろと噂が飛び交う中、事情を知っている美紀と本音とマドカは、空席になったままの一夏の席を見つめながらため息を吐いた。

 

「本音がため息を吐くなんて珍しいわね」

 

「私だってため息くらい吐くってば、シズシズ」

 

「余程面倒な事になってるって事くらいしか知らないからね、私たち」

 

 

 更識所属でも、ただ単に籍を置いている静寐や香澄は、内情までは聞かされることは無い。だから箒が生きている詳しい理由も聞かされてはいないのだ。

 

「いっちーが反省させて荒野の開拓でもさせればいいって言ったのは本当だけど、反省してなかったら片づける予定だったんだよね」

 

「片づけるって簡単に言うけど……」

 

「ほえ?」

 

 

 本音からしてみれば普通に言ったつもりでも、静寐と香澄はその意味を理解して戦慄する。普通とは言えなくても女子高生がその意味を理解して、何も感じなかったらそれはそれで問題ではある。

 だが本音は昔から暗部に所属しているからか、普通の人がその事を聞かされてどう思うかという考えには至らず、普通に話してしまったのである。

 

「本音、私たちみたいに暗部の人間ならともかく、普通の家庭の人には刺激が強すぎるよ」

 

「そうなの? でもあれだけの事をしたんだから、片づけられても仕方ないとは思うけどね~」

 

「そう考えられないのが普通なんだよ。とにかく、静寐さんも香澄さんもそんなに距離を取らなくてもいいですよ」

 

 

 戦き怯えた二人に警戒する必要は無いと告げ、とりあえず話題を変える事にした。

 

「そのせいで一夏さんは職員室でいろいろと手続きをしてるんですけどね。保護観察処分みたいなものですから、更識が身柄を観察する事になってますので、その責任者として」

 

「一夏君も大変よね……まぁ、彼も無理を通す為に立場を明かしたわけだから、この苦労は覚悟してたんでしょうけどね」

 

「誰が大変だって?」

 

「あっ、一夏さん」

 

 

 少しやつれたような雰囲気を感じさせる一夏に、美紀は心配そうな視線を向けた。

 

「やはり篠ノ之さんは処分した方が――」

 

「いや、篠ノ之より織斑姉妹だな……あの二人に監視を付けたいくらいだ」

 

「あの二人がどうしたの、お兄ちゃん?」

 

 

 先ほどまで興味なさげに外を眺めていたマナカだったが、一夏が顔を見せたからか会話に加わってきた。

 

「監視するのは面倒だから、問題を起こしたことにして始末してしまおうとか言い出してな。説教してた所為で遅れそうになった」

 

「あの二人にお説教出来るのは一夏君くらいだもんね」

 

「あれが世界中から尊敬されているとはな……世の中にあの二人の真の姿を知らしめたいが、身内の恥を他所様に知られるのは恥ずかしいしな……」

 

「兄さま……」

 

「お兄ちゃんが心配する必要は無いと思うけどね。私だったらあの二人を社会的に抹殺することくらい――」

 

「マナカ、あまり過激な事はするなよ」

 

「うん、お兄ちゃん」

 

 

 あっさりと手のひらを返したように甘い声を出すマナカに、静寐と香澄は呆気に取られてしまった。

 

「マナカさんは一夏さんのいう事は聞くのですね」

 

「当然でしょ? 首相や神のいう事なんかより、お兄ちゃんの言葉が正しいに決まってるんだから」

 

「一国のトップや神より上と言われるのはなんだかな……」

 

 

 かなり微妙な気分になっている一夏ではあるが、マナカは本気でそう思っているのが分かっているので、あえて何も言わずに微妙な雰囲気だけを醸し出しているのだった。

 

「お兄ちゃんより正しい人間なんていないし、お兄ちゃんより尊敬出来る相手もいないもん」

 

「もう少し視野を広げたらどうだ?」

 

「広げても一緒だし、あまり他人に興味ないからね」

 

「何だか束様みたいですね、マナカは」

 

「あんなウサ耳マッドと一緒にしないでよね!」

 

 

 マドカがボソッと言ったことに過剰に反応して見せるマナカ。実は自分でも若干似ていると自覚しているからこそ過剰に反応したのだが、本人は頑なに認めようとはしないのだ。

 

「とにかく、さっき本音が言ったように問題があれば更識が責任を持って処分するから安心してくれ」

 

「一夏君がそう言うなら安心出来るけど、本当に大丈夫なの? あの篠ノ之さんだよ?」

 

「ウサ耳マッドが開発した秘薬で完全に人格が変わったからな……公には出来ないから更生したって事になってるがな」

 

「一夏君、かなり黒いわよ……」

 

「これぐらい普通だろ。そもそもあの篠ノ之が本気で更生するとは俺も思ってなかったから、せめてもの情けで最期は俺がトドメを刺すつもりだったんだが」

 

「だから怖いってば……」

 

 

 一夏も暗部世界にどっぷり浸かっているため、考えが若干恐ろしいんだと、静寐と香澄は改めて理解したのだった。




暗部組はやっぱり凄いな……

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