暗部の一夏君   作:猫林13世

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彼女も緊張はするでしょう


簪の心中

 定期試験も終わり、簪と美紀は合宿所を訪れていた。本来なら先週に予定されていたのだが、テスト前とトーナメントが重なってしまったため、一夏の交渉の末今週に変更になったのだ。

 

「美紀、大丈夫?」

 

「だ、大丈夫だよ、簪ちゃん……ちょっとテストで精根尽き果ててまだ回復してないだけだから」

 

「それは大丈夫じゃないんじゃない?」

 

 

 ぐったりとしている美紀を心配しながらも、簪は簪でかなり緊張しているのだ。

 

「本当に私たちが代表になるのかな……」

 

「一夏さんが言うんですから、たぶんそうだと思いますけどね」

 

「美紀、口調がちょっとおかしいよ? 私には敬語じゃなくていいって」

 

「ちょっと自分の中でコントロールが効いてないみたいなので、ちょっと我慢して……すぐに元に戻ると思いますから」

 

「う、うん……」

 

 

 定期試験でどれだけ疲れたのかと、簪は美紀の事を心配そうに見つめる。その間だけは、自分の悩みが頭の隅に行っているような気がして、簪は心の中で美紀に感謝したのだった。

 

「更識簪、四月一日美紀だな。第一会議室に向かいなさい」

 

「はい」

 

 

 急に声を掛けられたが、見覚えのある職員だったので簪はすぐに反応できた。これが見ず知らずの相手だったら、少し身構えたかもしれない。

 

「第一会議室って、確か限られた人しか入れないんじゃなかったっけ?」

 

「その『限られた人』になるのかもしれないね」

 

 

 簪の目標でもある、まず地位だけでも刀奈に追いつきたいという夢が現実になるかもしれないと、美紀は簪に微笑みかける。

 

「とりあえずこれで刀奈お姉ちゃんと対等になれるのかな」

 

「駆け出しの代表と、既に一度世界の頂点に立ったことがある代表を同列視したら失礼だって」

 

 

 第一会議室の前に到着し、簪は大きく深呼吸をしてから扉を叩いた。

 

「更識簪、四月一日美紀両名、参りました」

 

『入りなさい』

 

 

 入室の許可を取り、簪と美紀は小さく頷いて中へ入った。

 

「用件はなんとなく分かっているわね?」

 

「おおよそは」

 

「では前置きなしで本題に入ります。来年の夏、第三回モンド・グロッソが開催されることが正式に決定しました。したがって何時までもペア代表の座を空席にしておくわけにはいきません。そこで二人には第三回モンド・グロッソに向け代表に昇格してもらう事になります。異論はありますか」

 

「「ありません」」

 

 

 代表になれるというのに何に異論を唱えろというのかという感じで、簪と美紀は間髪を入れずに返事をする。

 

「では、手続きなどは後程書類を送りますので、今日はこれで解散です。代表に昇格するのですから、今以上に精進し、他のIS操縦者の見本となるような行動を心掛けるように。決して、織斑姉妹を参考にしようとは思わないでください」

 

 

 どうやらこの職員は織斑姉妹の本性を知っているようで、強く念押しされてしまった。もちろん、簪も美紀も織斑姉妹を手本にしようとは微塵も思っていないので、職員の言葉に頷き会議室から退室したのだった。

 

「まさかこれだけの為に呼び出されたのかな」

 

「まぁ、書類とかは後で良いなら良かったよ。面倒な事は後回し出来た方が良いし」

 

「分からない箇所はお姉ちゃんか一夏に聞けるしね」

 

 

 それほど難しい書類ではないと思っているが、万が一を考えてその二人の名前を上げた簪は、刀奈に頼ろうとしてる自分に気が付きため息を吐いた。

 

「どうかしたの?」

 

「結局お姉ちゃんに頼ろうとしてるなって思ってさ……やっぱり地位だけ同じになってもお姉ちゃんより下なんだなって思って……まぁ、仕方ないんだけどさ」

 

「簪ちゃんは頑張ってるし、一夏さんのお手伝いという点から見れば、刀奈お姉ちゃんより簪ちゃんの方が上だと思うけど」

 

「私はあくまでお手伝いだもん。お姉ちゃんがやってるのは更識の仕事、個人でやってるお姉ちゃんの方が上だってば」

 

「そこまで卑下しなくても……簪ちゃんには簪ちゃんの良いところがあるんだし、刀奈お姉ちゃんと比べなくてもいいと思うけどな」

 

「こればっかりは姉妹の問題だからね……美紀は一人っ子だから分からないかもしれないけど」

 

 

 確かに美紀は一人っ子ではあるが、更識姉妹や布仏姉妹と姉妹同然で育ってきたから、簪が抱えているコンプレックスも多少は理解出来る。だが完全に理解出来ると言えるほど、美紀は自分を刀奈と比べてきたことが無いのだ。

 

「簪ちゃんは刀奈お姉ちゃんの事、嫌いじゃないんでしょ?」

 

「好きと言い切れるわけじゃないけど、嫌いではないよ。なんで?」

 

「だったらそこまで比べる事はないんじゃないかなと思って。姉妹でも違いは当然あるんだし、そんなこと言い出したらマドカさんはどうすればいいのって話になっちゃうから。千冬先生と千夏先生は、生活態度に難ありとはいえ最強の称号を持ってるし、兄である一夏さんは更識企業のトップで篠ノ之博士と同じくらいの研究者としての素質がありますし、妹のマナカさんも一夏さんよりは劣りますが天才的な頭脳を持っています。それでもマドカさんは自分を卑下することなく、少しでも姉や兄に追いつこうと努力してますよね? だから簪ちゃんも自分はと思うより、少しでも近づこうと努力し続ける事が大事だと思うよ」

 

「分かってるんだけどさ……もう少しだけ悩んでから決めるよ」

 

 

 簪の中でも比べるより追いついて一緒の世界を見たいと思う方が強くなってきてはいるのだが、なかなか割り切ることが出来ないのだ。美紀に諭されるまでもなく分かっているので、簪は小さくため息を吐いてそう答えたのだった。




あれでも偉大な姉ですからね……織斑姉妹も功績だけなら……

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