暗部の一夏君   作:猫林13世

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何時までも欠員じゃ拙いので……


次の代表

 何時までも悲しんでいるわけにもいかなかった刀奈は、候補生として訓練に参加していた。

 

「貴女が新しい候補生ですかー。よろしくお願いしますね」

 

「はい、よろしくお願いします。えっと……」

 

「? あっ、私は山田真耶と申します」

 

「やまだまや……」

 

 

 目の前の女性の名前が回文である事に気付いた刀奈は、吹き出しそうになるのを堪えて自分も名乗る事にした。

 

「更識刀奈です。新参者ですが、よろしくお願いします」

 

「はい、よろしくお願いしますね。でも更識さんは私たちの誰よりも代表に近い人って噂されてますから、そんなに畏まる必要は無いと思いますよ。ここでは年齢では無く実力で上下関係が成立するんですから」

 

「それ、織斑姉妹が決めた事、ですよね?」

 

 

 刀奈は織斑姉妹の人となりを全て知っているわけではないが、明らかにあの姉妹が考えそうな事だという事は分かった。分かってしまった。

 

「そうですよ。千冬さんと千夏さんが決めたらしいです」

 

「やっぱり……」

 

「でも更識さん、その専用機って第三世代だって噂ですけど本当なんですか?」

 

「えっ? ええまぁ……」

 

 

 急激な話題変換についていけなくなりそうだったが、辛うじて返答に詰まる事は無かった。

 

「凄いですよねー、更識家の技術力! 訓練機もそうですが、まだ何処の国も第一世代を安定して製造出来るほどなのに、既に第三世代ですもんね……いったいどんな人が造ってるんですか?」

 

「それは言えませんよ。その人を危険に曝す事になりかねませんから」

 

「そうですか……どんな人なんだろうなー」

 

「(言えない……この蛟を造ったのが小学生だなんて……一夏君だなんて……)」

 

 

 真耶と一夏に面識は無いが、どうも織斑姉妹を尊敬している節が見受けられる真耶に真実を告げれば、それ即ち織斑姉妹に告げる事とイコールだと刀奈には感じられていたのだ。

 

『一夏さんを危険な目に遭わせるのは避けるべきですよ』

 

「(貴女に言われなくても分かってるわよ! それに、一夏君は更識の当主なんだから、万が一があったら大変だもの)」

 

『世の中的には、更識家当主は別の人なんですけどね』

 

「(当たり前でしょ! 小学生が当主だなんて、笑い物になるか不信感を買うかのどっちかよ! だから一夏君が提案して、更識家の全員がそれに賛成したの)」

 

 

 突然の代表交代に、世の中は更識企業の事を少しばかり訝しんだが、変わらぬ性能と安定した供給を続けている事で、その不信感はすぐに消え去った。だがそれは、代わった代表も大人だったからだ。

 

『一夏さんなら問題無くこなせそうですがね』

 

「(それでも、やっぱり子供ってだけで相当なハンディなのよ)」

 

「あの……さっきから黙ってしまいましたが、私何か気に障る事を言いましたか?」

 

「へっ? い、いえなにも言ってませんよ。ちょっと考え事をしてただけですから」

 

 

 泣きそうな顔で覗きこんできた真耶に、刀奈は苦笑いを浮かべながら右手をヒラヒラと振って見せたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏を抱きしめ、自分の胸で泣かせてから、虚はまともに一夏の顔を見る事が出来なくなっていた。だが、それを周りに気づかせないように振る舞えるほどには、彼女は器用だった。

 

『虚、最近一夏さんと気まずそうですね』

 

「やはり貴女には隠せませんよね」

 

 

 専用機である丙には、当然の如く自分の感情を読み取られてしまう。その事を理解していた虚は、丙に指摘されても驚く事は無く冷静に返した。

 

「年下ですが、一夏さんは私よりよっぽど大人です。そんな一夏さんがあれほど泣きじゃくるなんて……」

 

『それも驚きましたが、虚が気にしてるのは別の事、ですよね?』

 

「ええ……私、一夏さんを抱きしめてたんですよね……」

 

 

 普段は抱きしめられる側故に、抱きしめた事を過剰に意識してしまっているのだと、虚も理解はしている。だが心を鎮めるには至っていないのだ。

 

『それなりに成長してますからね、虚の胸は』

 

「そ、そう言う事を言っているんじゃありません! まったく、分かって言ってますよね貴女」

 

『まぁまぁ、そう興奮しないで。とにかく、これから一夏さんの研究所に行くんですから、何時までも気にしてたら授業に集中出来ませんよ』

 

「分かってます」

 

 

 本音の専用機である『土竜』を完成させた一夏は、暫く学校と屋敷を行き来するだけで他に何もしていなかったのだが、今日漸く虚へのIS指導を再開するのだ。

 

『一夏さんを慰められるのは、今は貴女だけなんですから』

 

「お嬢様は訓練、簪お嬢様と美紀さんは未だに立ち直れてませんし、本音では役に立ちませんからね……碧さんはIS学園に行っちゃいましたし」

 

『織斑姉妹がまだ教師にはなって無いですからね。世界を知っているのは彼女だけです』

 

 

 新設校であるIS学園の教師の殆どは、ISを操縦した事はあれどさほど経験の無いものばかり。その点碧は専用機を持ち、そして世界を制した実績があるのだ。当分屋敷に戻って来れなくても仕方ないと言えるだろう。

 

『貴女も来年は受験生なんですから、今からしっかりとISに対する知識を深めておくんですね』

 

「受験の後にはモンド・グロッソですね。お嬢様は出るのでしょうか……」

 

 

 現時点で代表に最も近い候補生と称されている刀奈は、第二回モンド・グロッソ個人戦に参加が期待されているのだ。もちろん、専用機の性能で言えば、どの国にも負けないものがあり、実力も織斑姉妹の訓練という名のシゴキでかなり上がってきている。このままいけば順当に選ばれるだろうと思いながら、虚は一夏の待つ研究所へと向かったのだった。




順当にいけば、もう決まりですけどね。

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