一夏の部屋にやってきたティナは、本当に入っていいのかと悩み、扉の前を行ったり来たりしていた。
「何してるんですか、さっきから」
「うわぁ!? って、小鳥遊先生?」
「さっきから一夏さんがお待ちですよ」
「だ、だって……」
ティナからしてみれば、一夏の部屋というのは縁がないものだと思っていた。だがいきなり部屋に来いと言われて簡単に入れるものではないのだ。
「気にし過ぎですよ。一夏さん、ティナさんがお目見えになられました」
「そんな簡単に……」
碧に引っ張られるように一夏の部屋に入るティナだったが、心の準備が間に合わず多少混乱していた。
「えっと、この度はお招きいただきまして、誠にありがとうございます。本日はお日柄も善く――」
「何言ってるんですか?」
「えっと……何言ってるんだろうね……」
一夏に呆れられたと反省しながら、ティナは大きく息を吐いて気持ちを切り替えた。
「非専用機持ちの部準優勝、おめでとうございます」
「ダリルさんには完敗したけどね」
「あの人は本来専用機持ちですからね。あそこまで善戦した事を喜びましょう」
「ダリルさんから聞いたけど、私の精神面を試してたそうね」
「まぁ、仮にも国籍を変更して代表を目指すわけですから、精神的に軟だと困りますからね」
まったく悪びれない一夏の態度に、ティナは苦笑いを浮かべる。これが世界の更識企業のトップで、あの織斑姉妹や篠ノ之束を手玉に取る男なのかと、更識一夏という人物を初めて知った気がしたからである。
「それで、私はどうだった?」
「戦力的には問題ないですね。精神的には、もう少し鍛えた方がよさそうですが」
「普通の高校生に精神面を鍛える場面なんてそうそうないわよ?」
「貴女だって普通の高校生では無いはずですよね? 仮にも国家代表を目指してるわけですし」
「まぁ、世間一般の『普通』とはかけ離れてるかもしれないけど、貴方たちから見たら私は『普通』のはずよ」
「暗部に染まってない、という点では普通でしょうね。だが俺が言っているのは世間一般から見た『普通』ではないという意味ですので」
ティナの皮肉にも動じず、一夏はモニターに世界地図を表示し、ティナに興味を示している国に色を付けて紹介していく。
「落ちぶれているとはいえ、アメリカの情報を欲しがったり、アメリカの指導力を羨む国は少なくありません。現に移籍を希望していると聞きつけた国がIS学園を通じてコンタクトを取ってきています」
「初耳だわ……」
「安全を確認出来るまで伝えるわけにはいきませんから」
非難の視線を浴びても動じない一夏に、ティナは逆らうのを諦め開き直ることにした。
「それで、更識君が確認して安全だと判断した国がこれだけあるって事なの?」
「まぁ、後はティナさんが選んでください」
「そう言われても……」
カナダやイスラエルといった、アメリカと近しい国から、韓国やタイといった日本に近しい国と、様々な国が興味を示しているといきなり知らされてすぐに移籍先を決められるほど、ティナはその国の情報を持っていなかった。
「まぁ、まだ期限はありますし、存分に悩んで決めてください。碧さん、ティナさんに資料を渡してあげてください」
「はい、これが現在の情勢など更識が調べ上げた各国の情報が記された資料です。ちゃんと読んで決めてくださいね」
何処までも先回りされている感じがしたが、ティナは一夏の用意の良さに感謝し、重たい資料を台車に載せて部屋に帰っていったのだった。
「これで、また一人自由国籍を使っての候補生が誕生しますね」
「今回は更識企業としてではなく、IS学園として後押しする予定ですから、俺が出来るのはここまでですかね」
「後は学園にお任せすればいいんですよ。さすがにこれ以上一夏さんに任せるのはマズいと思いますし」
世界的にも更識の当主であると知られてしまった一夏がこれ以上介入すれば、また更識所属なのかと疑われる可能性が出て来る。そこで残る手続きなどは学園が受け持つことになっているのだが、一夏としては若干の不安を感じていたのだった。
「担当が織斑姉妹で本当に大丈夫なのでしょうか」
「補佐に真耶や紫陽花もついていますし、最悪私も手伝う事になっていますから」
「碧さんが介入したら、俺が介入したのと同じだと思われませんかね」
「私は更識所属ですが、IS学園の教師でもありますから」
「その理屈が通るのであれば、俺だってIS学園の生徒会役員なのですが」
「一夏さんはこれまで、様々な移籍話に関わりましたからね。生徒会役員である前に更識当主だろうというツッコミが発生する可能性が大いにありますので」
「そんなにかかわったつもりは無いのですが」
「まぁ、一夏さんの場合はいろいろと有名になってしまったのもあるので、今回は織斑姉妹にお任せしては如何でしょう」
「信用したいんですが、あの二人ですからね……まぁ、こっちは篠ノ之の問題を片付けなければいけないので、任せるしかないんですが」
若干震える一夏を優しく抱きしめ、碧は耳元で一夏を安心させる言葉を紡ぐ。
「大丈夫です。一夏さん一人で会うわけでも、昔みたいに斬りかかってくるわけでもないんですから」
「頭では分かってるんですが、どうにも苦手意識がありましてね……」
「大丈夫です、一夏さんならきっと克服出来ます」
たとえ克服出来なくとも、全力で一夏を守ろうとする人物は大勢いるので、碧は無理に克服しなくてもいいと思っている。だが一夏が克服したいと願っているので、碧は全力でそれを応援するのであった。
たまには働け、IS学園……