一夏と簪が整備室で専用機の調整を行っている頃、一夏にお小遣いをもらった四人は食堂にやって来ていた。
「いっちーがお小遣いくれるなんて珍しいな~」
「そうなの? 一夏君って本音やマドカに甘いところがあるから、頼めばくれてるのかと思ってた」
「そこらへんはきびしーんだよ~……まぁ、たまにお菓子作ってくれたりするから、それでも嬉しいんだけどね」
「一夏さんのお菓子ですか……食べてみたいです」
「噂では一夏君、この学園の誰よりも料理が上手だって聞いたけど、それって本当なのかな」
エイミィが呈した疑問に、真相を知らない静寐と香澄は少し考え込む。唯一真相を知っている本音は、一切表情を変えずに食堂のメニューを眺めていた。
「あれ? おーい、美紀ちゃん」
「本音? どうかしたの?」
「いっちーとかんちゃんがメンテナンスするから、私たちはここで待機なのだ~!」
「そうなんだ。ところで、三人は何をそんなに悩んでるの?」
美紀に尋ねられた三人は、疑問の真相を知っているであろう二人に質問する事にした。
「一夏君の料理って食べた事無いんだけど、噂ではこの学園の誰よりも上手だって言われてるんだけど、それって本当なの?」
「本当だよ~。ねっ、美紀ちゃん」
「確かに一夏さんの料理は美味しいですし、少なくとも学生レベルで太刀打ち出来るものではないですね」
「勉強が出来て、ISの気持ちが理解出来て、果ては料理上手……弱点とか無いわけ?」
「いっちーは女の子が苦手だよ」
「そう言えばそうだったわね。最近では普通に接してたから忘れてたけど、一夏君って最初は私たちの事も警戒してたんだっけ」
今でこそ普通に会話する事が出来るが、入学当初は一定の距離を保っていても会話するのは困難だったのだ。だがそれは弱点というよりも過去のトラウマなので、生まれ持ってのものではない。
「他には?」
「一夏さんはあまりお風呂は好きじゃないですね」
「研究に没頭する癖があるから、シャワーで済ませてたからね」
「後は甘いものが得意じゃないですね」
「なんかあまり弱点らしいものは無さそうね」
いくら更識所属が相手とはいえ、一夏の弱点を簡単に話すわけにはいかないので、美紀も本音もテキトーにはぐらかしたのだが、実際は一夏に弱点らしいものが無いので、はぐらかしたというよりは知らないと言えなかったのが正解だろう。
「あっ! 一つありましたね、一夏さんの弱点らしい弱点」
「なに?」
「織斑姉妹+篠ノ之博士の三人組」
「一緒にいるとイライラしてくるって言ってたね、そういえば」
「世界的には凄い人たちなのに、一夏君にとってはイライラの対象でしかないと……まぁ、本性を知ってるからこそ言えるんでしょうけど」
「後はシノノンも苦手だったね~」
「トラウマの元凶ですからね」
「そう言えば、復帰するか処分するかの判断ってまだなの?」
「後半月くらいで判断するそうです」
「噂では生まれ変わったとか言われてるけど、あれだけの事をした人が簡単に生まれ変われるものなのかしら?」
箒の現状を正確に知っているのは、更識所属の中でも縁者に近いものだけで、同じ更識所属でも静寐たちには情報はいっていない。だから噂程度でしか箒の現状を把握していないので、生まれ変わった箒の事は半信半疑なのである。
「シノノンはすっごく変わっちゃったらしいよね~」
「お会いしてきた一夏さんが凄く動揺していましたからね」
「美紀ちゃん、何でいっちーが動揺してるって思ったの? 私にはいつもどーりのいっちーにしか思えなかったんだけど」
「まぁ、その辺は同室だから分かるものだからね。とにかく、あの反応を見れば篠ノ之さんがだいぶ変わっているんだって事が分かるわよ」
「生徒会長の更識先輩も心配いらないって言ってたし、実際に会ってきた小鳥遊先生もあのままなら大丈夫とか言ってたから一応は安心してるんだけど、あの篠ノ之さんだからね」
「実際に会うまでは半信半疑で良いと思いますけどね」
美紀の纏めに、静寐たちは頷いて本音のように食堂のメニューを眺め始める。
「ここの食堂のいいところは、デザートが豊富って事よね」
「でも、全制覇したからあまり新鮮味がないんだよね~」
「何時の間に全制覇してたの?」
「放課後暇だから、いろんな人とお菓子食べてたらいつの間にか」
「暇って……仮にも生徒会役員なんだから、少しは手伝うとかしないの?」
「だって、いっちーから本音はのんびりしてていいって言われたから」
「そういうことなんだ……」
つまり本音は戦力外だと一夏は考えているようだと、美紀は今の話で理解した。刀奈や虚も同様に思っているのかは定かではないが、本音が来ても仕事が増えるだけだという考えは美紀にも理解が出来る。
「やっぱりいっちーのお菓子が一番だね、これも美味しいけど」
「一夏さんのと比べるのは食堂の方に失礼だと思うけどね。一夏さんはその気になればお菓子店でも開けるレベルだから」
「そこまでなんだ……」
一夏の料理の腕前を正確に知らない三人は、美紀の言葉に驚きを示す。実際そこらへんのお菓子店よりもレベルの高いものを作るので、美紀としては割と本気の感想だったりするのだ。
「確かにいっちーはプロ級の腕だからね~」
本音の言葉もいつも以上に真剣味を帯びていて、三人は一度でいいから一夏が作ったお菓子を食べてみたいと思ったのだった。
そこまで上手かったら楽しいんだろうな