久しぶりに派手に戦った所為で、ピットに戻ってきた本音はヘロヘロな状態だった。
「何で勝者のアンタが一番ダメージを負ってる風なのよ」
「あんな激しい動きは久しぶりだったし、少しでも気を抜けば負けちゃうと思ったから最後まで全力だったんだよ」
「アンタが全力を出したのにも驚きだけど、そこまで疲れるなんて思わなかったわよ……アンタ、体力だけは凄いって思ってたから」
「体力だけじゃないよー!」
冗談だと分かっていても反応せずにはいられなかった本音に、鈴は笑いかけ手を出した。
「ほえ?」
「アンタのお陰で自分の課題が見つかった気がするわ。戦えてよかった」
「リンリンの役に立てたなら、本気を出してよかったよ~」
「気楽に言ってるけど、アンタのご主人様のライバルになるかもしれないのよ? 分かってるの?」
「だいじょーぶ! 刀奈様は私の三倍は強いから」
「じょ、冗談でしょ……」
本音相手でも苦戦したというのに、もし代表に選ばれ、日本を相手にした時の事を想像して鈴は戦慄を覚えた。確かに刀奈の強さは映像でも見たことがあるので知っているが、体験した事があるであろう本音が言うのだから、三倍という数字もあながち嘘ではないのだろう。そんな強者を相手にしなければいけないとなると、出来る事なら代表になりたくないという気持ちが心の何処かで芽生えてしまった。
「三倍は言い過ぎだと思うけど、確かに本音よりは強いわよ?」
「あっ、刀奈様」
「お疲れ様。更識所属の面目は保てたようね」
「いっちーに怒られたくないですからね~」
「凰さん以外は整備室に向かってください。一夏さんと簪お嬢様がお待ちですので」
刀奈と虚の登場に一瞬ざわめいたが、ここにいる人間はそこまでミーハーではないし、何回かあった事もあるのでそこまで盛り上がることは無かった。
「それじゃあリンリン、また後でね~」
気軽に話しかけて来る本音だが、鈴としては完敗した相手なのだ、何も思わないというわけにはいかなかった。
「今度はあたしが勝つんだからね!」
「お~、リンリンもやる気だ~」
候補生のやる気に火を点けられたと、本音は何処か嬉しそうだったが、彼女の瞳は喋り方とは裏腹に本気だった。
「私だって、簡単に負けてあげられないけどね。これでもいっちーの護衛としてのプライドがあるんだから」
「だったらもう少し真面目にやりなさい」
「おね~ちゃん……せっかくカッコつけたんだから、今だけは見逃してよ~」
虚にツッコまれ素に戻った本音だったが、鈴はさっきの言葉が嘘ではないと理解していた。彼女でもあのような気持ちがあるのかと思いながらも、鈴は静かに本音との再戦を誓ったのだった。
静寐と香澄、エイミィと共に整備室にやってきた本音は、ノックもせずに中へと入っていく。
「ちょっと本音! ノックぐらいしないと」
「へーきだって~、いっちー!」
「相変わらず礼儀を知らないヤツだな……」
整備室の奥から一夏が頭を掻きながら現れ、本音の不躾な態度に不満を溢したが、それ以上何も言わずに四人を奥に案内する。
「一夏君、なんだか疲れてない?」
「むしろ疲れてないと思われていたのか、俺は」
「まぁ、解説に整備と大忙しだもんね」
「妹二人を相手にするのは疲れた……」
微妙に疲れ方が違うような気がしたが、これ以上言っても意味は無さそうだと思い静寐は黙って一夏の後について行くことにした。
「それにしても、随分と派手に戦ったらしいな」
「たまには本気を出さないとね~」
「本音はもう少し本気を出し続けた方が良いと思うけどね」
「なにさ~! かんちゃんだって、久しぶりに美紀ちゃんに負けて凹んでるんだと思ってたよ」
「……凹んでない」
どうやら地雷だったらしく、本音の一言に簪の雰囲気が一変した。さすがの本音も自分が踏み抜いた事を自覚し、どうしようと視線で一夏に助けを求めた。
「簪のケアも含め、後は俺がやっておくから四人は専用機を置いて食堂で休憩でもしててくれ。終わったら本音の携帯に電話するから」
「でもいっちー、私たち財布も何もかも更衣室に置いてきちゃってるから、お金もなければ電話も持ってないよ」
「なら、一時間もすれば終わるだろうから、その時間を目安にここに戻って来てくれ。金はこれで足りるだろ」
財布から一万円札を取り出し、本音ではなく静寐に手渡す。何故自分じゃないのかと憤りを覚えた本音ではあったが、昔お遣いを頼まれて預かったお金を全て使い切った過去を持っている事を思い出しクレームを入れるのは寸でのところで抑えたのだった。
「それじゃあ一夏君、この子の事お願いね」
「お願いします」
「元々更識の人が造ったものだし、改造とかは気にしなくていいからね」
本音も待機状態の土竜を一夏に手渡し、三人と一緒に食堂へと向かう。残された一夏と簪は、微妙に気まずい空気を感じていた。
「やっぱり悔しかったのか」
「当然でしょ。美紀はパートナーであると同時にライバルなんだから」
「負けたのは事実だが、過去の対戦成績は簪の圧勝なんだろ?」
「だから余計に悔しいんだよ……学校行事とはいえ、大勢の人前で負けたのは……」
「その悔しさを忘れずに、明日から頑張るんだな」
しょんぼりしている簪の頭を軽く撫でて、一夏は整備室の奥へと向かおうとして、簪に服の裾を掴まれた。
「どうかしたのか?」
「ちょっとだけ、一夏の胸で泣かせて」
「……ほら」
泣いて発散出来るならと両腕を広げ簪を受け入れる一夏。その後十数分泣いてから、簪は物凄い勢いで整備の手伝いをしたのだった。
戦闘中はカッコよかったのに、やっぱり本音は本音だった……