暗部の一夏君   作:猫林13世

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訓練は大事です


早朝のVTSルーム

 トーナメント戦前日という事で、アリーナの使用が出来ないので、静寐と香澄は昨日許可を取ったVTSルームに向かっていた。

 

「早朝は誰も使わないからって、一夏君が言ってたけど」

 

「午後からは使用禁止ですもんね。使いたい人が続出してもおかしくないと思うんですが」

 

 

 専用機持ちの部の他に、一般の部もあるので、最終調整にVTSを使いたがる人は大勢いるだろうと踏んでいた二人だったが、思いのほか使用申請をしてきた人はいないとの事で、若干の肩透かし感を味わっていた。

 

「特に専用機を持ってない人は、訓練機の使用が毎日出来るわけじゃなかったし、アリーナの使用もなかなか出来なかったはずなのに」

 

「どうしても専用機持ちが優先されてましたからね。一夏さんが公平に割り振ってくれるようになってからは良かったですけど」

 

「一夏君が他の問題に取り組んでた時は織斑姉妹が割り振ってたから、どうしても偏ってたりしてたのよね」

 

「それでも、小さいアリーナは非専用機持ちに割り振ってたようですけどね」

 

「でもあそこって、精々三人くらいしか動かせないよね? 全学年参加で、非専用機持ちがどれほどいるか分かってるはずなのに」

 

 

 複数あるアリーナの中で、一番小さい場所を非専用機持ちに割り振っていた所為で、生徒会にクレームが入ったのだ。それで一夏が事態を漸く把握し、公平に割り振られるよう申請先を職員室から生徒会室へと変更したのだった。

 

「一夏さんが復帰するまでは布仏先輩が割り振っていたんですよね」

 

「更識先輩だとどうしても信用出来ないからって一夏君が言ってたけど、私たちからすればあの人もかなり凄いんだけどね」

 

「現役の国家代表ですし、生徒会長ですもんね」

 

 

 そうこうしている内にVTSルームに到着し、二人は弛緩していた空気を張り詰めたものへと変える。

 

「とりあえず、最初はCPU相手かしらね」

 

「対人戦でも良いですけど、アップは必要だと思います」

 

「そもそも、専用機データは一夏君が管理してくれてるから、いつでも最高の状態で動けるはずだけどね」

 

「ISは兎も角、私も静寐さんも寝起きですから、身体を起こす意味でもアップは必要だと思います」

 

「感心ね、二人とも」

 

 

 突如掛けられた第三者の声に、静寐と香澄は心臓を掴まれた気持ちに陥った。

 

「ごめんなさい、そこまで驚かすつもりじゃなかったんだけど」

 

「えっと……亡国機業のスコールさん、でしたっけ?」

 

「元、が付くのかしらね。亡国機業は殆ど崩壊して、今は機能していないし」

 

「それで、何故貴女がここに? この場所は許可書が無いと入っちゃいけないんですよ」

 

 

 若干距離を取りながら、静寐はスコールがここにいた理由を尋ねる。静寐の態度が珍しいものだったのか、スコールは楽しそうな笑みを浮かべながら質問に答えた。

 

「許可は貰ってるけど、貴女たちがこんな早く来るとは思ってなかったから、少し様子を見させてもらっただけよ、すぐに出ていくわ」

 

「許可は出てるんですか」

 

「私とオータムは、深夜帯にこの部屋を使わせてもらってるのよ。ほら、一般の生徒は私たちの事を恐ろしい人物だと思ってる人もいるだろうからって、一夏が気を遣わせてくれたのよ。本当はアリーナを使っての実機訓練の方がオータムは良いんだろうけども、今はアリーナを使える時期じゃないからって一夏が」

 

「それでこんな時間にVTSルームに」

 

「そう言う事。それじゃあ、私はそろそろ部屋に戻るわね。あまり悠長にしていると、一夏に怒られちゃうから」

 

 

 そう言い残してVTSルームから出て行ったスコールを見送り、静寐は先ほどから黙っている香澄に声を掛けた。

 

「香澄、大丈夫?」

 

「え、えぇ……あの人、嘘は言ってなかったですね」

 

「香澄が言うなら信用出来るわね。それにしても、随分一夏君と親しそうな感じだったけど、実際はどうなんだろう」

 

「分からないですね……元敵対勢力の幹部と知り合いなわけないですし、向こうが一方的に知っているだけという感じでもなかったですね……」

 

「考えても分からないし、とりあえず訓練しましょうか」

 

「そうですね。今の出来事で完全に身体も起きましたが、とりあえず心を落ち着かせなきゃいけません」

 

「かなり動揺してるわね……」

 

 

 ぎこちない動きでセットを始める香澄を見て、静寐は苦笑いを浮かべて自分も準備を進めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏と一緒に寝た事で、簪の目覚めは非常に良いものだった。何時もは低血圧で寝起きは良くない簪だが、今はスッキリとした気分で寝起きのカフェラテを飲んでいた。

 

「美紀ってば、こんな気分のいい朝を何回も迎えてたんだね」

 

「私は別に低血圧じゃないけどね」

 

 

 一夏に淹れてもらったカフェラテを飲みながら美紀と話す簪だが、その隣には不服そうに頬を膨らませた刀奈がいる。

 

「せっかく寝起きドッキリしようと思って一夏君の部屋に来てみれば、簪ちゃんが一夏君の腕の中で寝てるんだもの。私の方が驚いちゃったわよ」

 

「そもそも、何でお姉ちゃんはこんな時間から一夏の部屋に遊びに来たの?」

 

「妙な時間に目が覚めたから、一夏君と遊ぼうと思って。ほら、一夏君も美紀ちゃんも早起きだから、きっと起きてるだろうなと思って」

 

「簪だって似たような事言って部屋に来ただろ? はい、お待たせしました」

 

 

 今は急ぎの案件がないため、今朝は珍しく一夏が朝食を用意してくれたのだ。簪も刀奈も、そのやり取りを眺めていた美紀も、一夏の朝食の前に言葉を失い、自分の家事の腕を恨んだのだったが、食べ終わった後には幸せ満面の笑みを浮かべたのだった。




ここにも主夫がいたな……

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