暗部の一夏君   作:猫林13世

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実にタイトル通りの内容だ……


号泣

 本音の専用機が製造される事が正式に決定するのを待つ間、刀奈は気を紛らわす為に虚と碧を連れて訓練所へと向かっていた。

 

「お嬢様、こんな時にISの訓練ですか?」

 

「こんな時だからよ……」

 

 

 父親が死んでしまって冷静でいられるはずはないのだが、妹や妹のように思い付き合っていた相手の前では弱音を吐く事は出来なかった。そして泣く事も我慢していたら、今度は一人になっても泣く事が出来なかったのだ。

 発散する事が出来ない感情を、ISで何とか出来ないかと思いこのような時にISの訓練に付き合ってほしいと頼んだのだ。

 

「止めておきましょうよ、お嬢様。感情がコントロール出来ない状況でISを動かして、お嬢様にまで万が一があったらどうするんですか」

 

「そんなミス、犯さないわよ……私は候補生で、碧さんは元代表。虚ちゃんだって企業代表なんだから」

 

「いえ、虚さんの言うとおりですよ。刀奈さんは今、自分の感情さえもコントロール出来ていない」

 

 

 虚や碧の制止を無視して先に進もうとした刀奈だったが、彼女の前に立つ人の声に思わず足を止めてしまった。

 

「一夏君……何で貴方がこんな場所に……『楯無』を継いだ貴方が、こんなところで何をしてるのよ……」

 

 

 全世界に発表されたのとは違い更識内で生活している人間には、本当は誰が楯無を継いだのか知らされている。だから刀奈が言うように、当主となったはずの一夏がこんな場所にいる事はおかしいのだった。

 

「確かに……楯無様、何故このような場所に……」

 

「一夏で良いですよ。表社会ではまだ『更識一夏』って事になってるんですし」

 

「では、一夏さん……いくら表社会ではそうなっていても、更識内では違うはずの貴方が、何故こんな場所に……本音の専用機を造るのでは無いんですか?」

 

「その前に、一番大切な仕事があったのでここに来たんですよ」

 

「大切な、仕事……? なによそれ」

 

 

 何時まで経ってもここにいる理由を話さない一夏に、刀奈は少し苛立っていた。普段であれば、一夏が目の前にいて苛立つような事は無いのにと、自分でも驚いている刀奈を、一夏は優しく抱きしめた。

 

「一夏、君……?」

 

「泣いてください。貴女は泣くべきだ」

 

「なに、言ってるのよ……私はお姉ちゃんで……」

 

「ここに簪も美紀も、本音もいません。だから、泣いて良いんですよ」

 

 

 一夏の優しい言葉に、刀奈の涙腺が崩壊した。一夏の胸に顔を押し付け、声を殺す事も忘れて大声で泣き始める。

 

「お父さん……何で! どうして! 私が代表になった姿を楽しみにしてるって言ってたのに! これから頑張るところを見せるはずだったのに!」

 

「刀奈さん……」

 

「何でよ! どうしてお父さんが! 何でよ……誰か教えてよ!」

 

「お嬢様……」

 

 

 子供のように喚き散らす刀奈を見て、こちらも我慢していた虚の心も揺らいでいた。

 

「一夏さん……?」

 

「貴女も、泣いていいんですよ。みんなのお姉ちゃん、お疲れさまでした」

 

 

 自分が我慢していた事に今気づいた虚は――一度気づいてしまったら我慢する事など出来ず、刀奈と同じように一夏に抱き寄せられ、一夏の胸に顔を埋めるようにして泣き始める。ただし、こちらは声を押し殺し、静かに泣いていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に残っていた簪は、美紀や本音がいるのも気にせず、ひたすらゲームをしていた。

 

「かんちゃん……」

 

「簪ちゃん……」

 

 

 普段であれば、簪がCPUに負ける事などあり得ないのだが、簪はCPU相手にボロボロに負けていた。

 

「かんちゃん、今は止めておきなよ……」

 

「いや、やる!」

 

「簪ちゃん……泣きたいんでしょ……もう我慢しなくても良いと思うけど」

 

「だって! ……だって、泣いたところで……お父さんが帰ってくるわけじゃないもん……」

 

「かんちゃん……自分の感情を抑えつけてたら、何時か本当に自分の感情すら分からなくなっちゃうよ? 泣きたい時は、泣きなよ……私だって悲しいんだから」

 

 

 我慢していた本音だったが、簪より先に泣かないようにしていたのだが、ついに我慢の限界が訪れてしまい、大声で泣き始める。そして本音につられるようにして、今度は美紀も泣き始めた。

 

「楯無様……早すぎますよ……まだ簪ちゃんは小学生なんですよ? 刀奈お姉ちゃんだって、漸く中学生になるって時に……」

 

「本音……美紀……」

 

 

 二人が泣いているのを見て、簪も我慢の限界が訪れた。むしろ、一番最初に泣かなければいけなかったはずの簪が、こうして最後に泣き始めたのは、彼女が我慢強い事の表れだったのかもしれない。

 

「お父さん……もっと一緒にいたかった! まだまだ聞きたい事があったのに! どうして……どうしてお父さんが!」

 

「かんちゃん……」

 

 

 本音が簪を抱きしめ、簪の勢いにつられるように更に泣き続ける。この場に冷静さを保てている人間がいないため、三人は気が済むまで――全て吐き出すまで泣き続けた。

 

「……ありがとう、本音。もう大丈夫」

 

「大丈夫ではないでしょ? でも、全部出したんだね」

 

「そう、だね……大丈夫な訳無いよね……でも、確かに出し切ったよ」

 

 

 本音に抱きしめられながら、更にその外側から美紀にも抱きしめられながら、簪は強くそう宣言した。

 

「刀奈様にはいっちーがついているだろうし大丈夫だよ」

 

「でも、その一夏さんには誰が……」

 

「あっ……」

 

 

 自分たちと同い年で、父親のように思っていた相手がいなくなってしまって悲しくないはずもないのに、一夏は未だに泣いていない。そして、そんな一夏を泣かせる事は、自分たちには不可能だと簪たちは思っていたのだった。




近しい人が亡くなった時は、泣いた方が良いです……

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