箒に会ったことと、ISの精神世界へ呼ばれた事で、一夏はかなりの疲労を感じていた。強がらず美紀に抱きしめてもらえば安心して眠れただろうが、それを断った為浅い眠りしか出来なかった。
「イマイチ疲れが抜けてないな……」
『申し訳ありません、私が無理なお願いをしたから』
「サイレント・ゼフィルスは悪くないだろ。てか、まだ何か頼みがあるのか?」
これは夢だと割り切っているので、いきなり話しかけられても特に驚いたりはしない。一夏は声を掛けてきたサイレント・ゼフィルスの方に振り返り尋ねる。
『いえ、お陰で昔のデータは無くなりましたので、とりあえずは落ち着いた気持ちになれました。今度のお願いは一夏さんにゆっくりと休んでいただきたいという事です』
「そう言われてもな……」
『今からでも遅くありませんので、美紀さんと一緒に寝たらどうですか?』
「いや、美紀のベッドに入り込むのは……」
『言ってる場合じゃないのは一夏さんが一番分かってるんじゃないですか? これから学園のイベントなど、色々と疲れる事が待ってるのです。強がったり遠慮したりしないで、甘えられる時に甘えた方が良いと思います』
「………」
サイレント・ゼフィルスの言うことに、一夏は反論する事が出来なかった。確かに自分が倒れたりしたら他の人の迷惑が掛かるし、更識の仕事にも支障が出てしまう。
『それに、美紀さんだって一夏さんに甘えてもらえるのは嬉しいはずです』
「だが、年頃の女子が異性と寝たいものか?」
『一夏さんだって、美紀さんが貴方の事を好いている事は知っていますよね? てか、貴方も少なからず美紀さんの事を想っているはずです。だったら遠慮せずに甘えた方がお互いの為だと思いますが』
「互いの為、っていうのがイマイチ納得出来ないが、サイレント・ゼフィルスの言う通りにしてみるよ」
『そうしてください。我々IS一同、一夏さんに何かあったら悲しいですし、一夏さん以外の人間に整備されても力を発揮出来ませんので』
「結局は自分たちの為、ってわけか」
『そう思ってくれても構いませんので、とにかく一夏さんはゆっくりと休んでくださいね。そろそろ一夏さんが目を覚ましますので、その後は分かってますよね?』
「とりあえずトイレに行って、その後美紀のベッドに入ればいいんだろ」
あくまで寝ぼけたフリをするという一夏に、サイレント・ゼフィルスは盛大にため息を吐いた。
『素直に甘えてください。その方が美紀さんも喜びますので』
ISに説教されるなどという貴重な体験をした一夏は、サイレント・ゼフィルスに言われた通り目を覚まし、少し躊躇いがちに美紀のベッドに近づいた。
「ん……」
一夏が近づいたタイミングで、美紀が小さく息を漏らした。自分が近づいたことで起こしてしまったのかと一瞬慌てた一夏だったが、目を覚ました様子はなく小さく安堵の息を吐いた。
「美紀、悪いが一緒に寝てくれ」
「……いいですよ」
「やっぱり起きてたか」
一夏が美紀のベッドに入り小さく声を掛けると、美紀はそれにはっきりと答えてくれた。
「一夏さんが若干幼児退行を起こしていたのは寝る前に気付きましたし、その後も震えてるように思えていましたので、もしかしたらとは思っていました。ですが、素直にベッドに入ってくるとは思ってなかったです」
「嫌なら別にいいが……」
「嫌じゃないですよ。それに、私だって一夏さんに頼ってもらえて――一緒に寝たいと思ってもらえてうれしいんですから」
ベッドから出て行こうとする一夏を、美紀は優しく抱きしめながら笑いかける。護衛として、家族としてなどの言い訳はせず、美紀は一人の少女としてこの状況が嬉しいとはっきり一夏に告げた。
「そうか……ありがとう」
一夏の方も素直に甘える事にして、お礼を言って美紀を抱きしめ返す。シングルベッドに二人で寝るには密着するしかないが、そういう意味ではない抱擁に一夏も美紀も若干戸惑いながらも、一夏は疲れていたのですぐに眠りに落ちたのだった。
「こうしてみると、一夏さんもまだ幼さが残ってるんですね」
安心しきった顔で寝ている一夏を見て、美紀は母性を感じていた。
「というか……一夏さんが先に寝てしまったら私が寝れませんよ……」
「なら、私と話しましょうか」
「闇鴉……何で人の姿になっているんです?」
「一夏さんに頼ってもらえなかった事による嫉妬です。美紀さんは私の愚痴に付き合う義務があると思います」
「そんな理不尽な……」
一夏が自分を頼ったのは、ただ単に隣に寝ていたからだと思っている美紀は、闇鴉の嫉妬に対して理不尽だと感じていた。だが闇鴉は一夏とサイレント・ゼフィルスの会話を聞いているので、諭されて頼ったという事を知っているのだ。つまり、ISの中でも美紀は一夏の支えとして認められているという事なのだ。
「まったく、自分がどれだけ一夏さんに頼られているか分かってないんですか?」
「分かってるつもりですけど……」
「つもりじゃ駄目なんです。ちゃんと一夏さんを支えてくださいね」
「何で怒られながら頼まれてるの?」
「ですから、嫉妬です!」
納得出来ないという顔をしながらも、一夏を支えようと決意した美紀は、少し力を込めて一夏を抱きしめたのだった。
てか、闇鴉を一人とカウントしていいのだろうか……