箒がポータブル版VTSでISの練習をしている場所から少し離れた位置からその光景を見ていた一夏は、柳韻と今後の事を話し合う事にした。
「とりあえずはあのポータブル版VTSを置いて行きますので、一日一時間くらいはあれで訓練させてください」
「箒も気に入ってるようだし、一時間以上やれそうな気もするが」
「いきなり数時間もやってしまうと、他の事が疎かになりそうですからね。今の篠ノ之に必要なのは一般常識や生活するのに困らないくらいの人付き合いの方ですから」
「そっちの方はもう大丈夫な気もするがね」
「社会復帰する為にも、誰が危険人物かをもっと理解させておく必要があると思いますよ」
一夏から手渡された映像データには、一夏が思う危険人物の名前と戦闘力などが映っている。それを見た柳韻は、確かに危険だと納得したのだった。
「これを箒に見せておけばいいんだね?」
「あまり怯えさせるのも可哀想ですが、こればっかりは知っておかないと命にかかわりますから」
「そこまでなのかい? 私が知る限り千冬ちゃんも千夏ちゃんもいい子だったがね。まぁ、若干君に入れ込み過ぎなような気はしていたが」
「ちょっとどころじゃないですよ……まぁ、あの二人に逆らおうとするなんて自殺行為でしかないと分かってもらえればいいので、あまり長時間見せないでくださいね」
「箒も自分で判断出来るとは思うが、そう伝えておこう」
一夏からの忠告に頷いて答え、柳韻は箒の側へ移動する。
「箒」
「父上? 何か御用でしょうか?」
「いや、楽しそうだなと思っただけだ。だがそろそろ茶道の時間だ」
「あっ、本当ですね。一夏さん、これはどうすればいいのでしょうか?」
「それは貴女にお貸ししますので、ご自由にどうぞ。ですが、くれぐれものめり込まないように気を付けてください」
「分かりました。大事に扱いますね」
箒が笑みを浮かべると、一夏はどう反応すればいいのかに悩み、結局は無表情で頷いたのだった。
「あの……先ほどから難しい顔をしていますが、私なにかしてしまいましたか?」
「いや、君は何もしてないけどね……前の篠ノ之の事がどうしても頭をよぎってしまって……君に随分失礼な態度を取っていると自覚しているんだが、こればっかりは……」
「いえ、仕方のない事だと思いますし、少しずつ慣れてくだされば私はそれで構いませんので」
「そう言ってもらえると助かる……それじゃあ俺たちはこれで」
柳韻と箒に一礼してから、一夏は足早に道場から外へ出て行った。一夏の態度に苦笑いを浮かべながらも、碧はしっかりと一夏の後に続く。
「父上」
「どうかしたか?」
「何だか胸が苦しくて、顔が熱いのですが……これはいったい?」
「一夏君の事を好きになったんじゃないか?」
「これが…恋というものなのですか……」
写真を見た限りではそんな感情にはならなかったのだが、実際に会った結果、箒は再び一夏に恋心を抱いたのだったのだが、安心して見ていられると柳韻は変わった娘を見て笑みを浮かべていたのだった。
足早にIS学園に戻ってきた一夏を出迎えた刀奈は、一夏の様子がおかしいのに気が付き首を傾げる。
「一夏君、何かあったの?」
「いえ……変わり果てた篠ノ之に戸惑っただけです……」
「そんなに変わってたの?」
「まったくの別人ですよ……違和感しかありませんでした」
一夏の背後では碧も苦笑いを浮かべながら一夏の意見に同意している。それを見た刀奈は、怖いもの見たさで今の箒に会ってみたい気持ちになっていた。
「それで、一夏君の見立てでは箒ちゃんは社会復帰出来そうなの?」
「更識で仕事を宛がえば十分使えるでしょうが、今のままでは社会復帰どころかあの場所から移動するのも無理でしょうね。あまりにも無垢過ぎて、悪い人間に再び悪の道に誘われかねませんので」
「一夏さんが気にしているのは、織斑姉妹にいびり倒されないかどうかですよね?」
からかうように口を挿んだ碧に、一夏は呆れた表情で応える。その表情が全てを物語っていると、碧も刀奈は感じていた。
「あの二人だけじゃないんですが、当面の危険人物はあの二人でしょう」
「スコールやオータムも、近頃は大人しくしてますからね」
「あの二人にはやってもらいたい事もありますし、このまま大人しくしててもらえればいいんですが」
「ダリル先輩やフォルテちゃんも大人しくしてるし、よっぽど一夏君が作った反省用プログラムが嫌なのかしらね」
「普通に反省文を書かせたり、ちょっとキツイ罰を与えただけなんですが」
「そのちょっとが嫌なのよ、きっと」
次に悪さしたら、織斑姉妹と碧を相手に本気で戦ってもらうと脅しているので、スコールとフォルテは素直に、ダリルは若干興味ありそうな感じではあったが大人しく、オータムはつまらなそうにいう事を聞いたのだ。その後から少しでも不審な動きをすれば一夏に報告されるようになっているが、特に不審な動きは報告されていない。
「とりあえず、もうすぐに迫ったトーナメント戦の最終確認をしましょうか」
「えー、ちょっとは遊ぼうよ~」
「……これが終わったら少しはゆっくり出来るでしょうから、それまで我慢してください」
駄々をこねる刀奈の頭を軽く撫でて、一夏は生徒会室へと向かうのだった。
ピュア箒も堕ちましたね……