暗部の一夏君   作:猫林13世

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ある人がある人の逆鱗に触れる……


箒との対面

 箒の途中経過を見てほしいと連絡を受けた一夏は、一人で現実を受け入れられるか不安だったので護衛の碧と二人でとある山奥に来ていた。本当なら美紀か簪にも来てもらいたかったのだが、代表昇格が近い今、このような事で精神を乱すわけにはいかないとの考慮で碧に頼んだ次第なのだ。

 

「本当に生まれ変わっているのでしょうか」

 

「束さんの薬で完全に記憶を消されたらしいですからね。まぁ、身体で覚えていた剣道は、あっという間に昔に近い腕になっているそうですが」

 

 

 山門をくぐり、道場への道を進むにつれて、一夏の歩幅が小さくなっている事に気付いた碧は、一夏を安心させるために手を繋いだ。

 

「何があっても私が守りますから」

 

「男として情けない限りですが、お願いします」

 

「一夏さんの人間恐怖症は、一生治りそうにありませんね」

 

「これでも頑張ってるんですが……」

 

 

 数回顔を合わせれば怯える事は無くなるのだが、強烈なトラウマを植え付けられた箒とオータムだけは一向に一人で会える自信がない。そのせいでこうやって碧についてきてもらっているのも、一夏としたら情けないのだ。

 

「大丈夫ですよ。私や美紀ちゃん、他にも本音ちゃんや刀奈ちゃんたちだって、一生一夏君の側で守るつもりですから」

 

「頼もしい限りですよ、ほんとに。こんな情けないヤツですが、お願いします」

 

 

 深々と頭を下げる一夏に、碧は嬉しそうな笑みを浮かべて一夏の頭を撫でた。普段は長身である雇い主でもある一夏の頭を撫でる事など出来ないのだが、今だけならいいだろうと思い、数秒だけ撫でて正面を向き直す。

 

「それでは、篠ノ之さんがいると思われる道場に向かいましょうか」

 

「そうですね。碧さん、なんだか楽しそうですね」

 

「そんな事ないですよ。ただ、一夏さんの珍しい部分を見れてちょっと嬉しいだけです」

 

「珍しい? 頭頂部なんて見て楽しいんですか?」

 

「具体的な場所じゃないですよ。態度の方です。素直な一夏さんなんて、最近めっきり見れなくなってましたし」

 

「一応当主ですからね。本音と建て前は使い分けなければならない立場ですから」

 

「でも、香澄ちゃんや静寐ちゃんの前では素直じゃない?」

 

「あの二人は暗部には染まってませんから」

 

 

 特に香澄は人の本音を無意識に聞いてしまうという特殊能力の持ち主なので、不用意に本音を隠すと不審がられてしまうので、一夏も本音で話しているのだ。

 

「おや、わざわざすまないね、一夏君」

 

「柳韻さん。一ヶ月ぶりくらいですね。その後どうですか」

 

「一度は匙を投げそうになったが、今の箒は非常に落ち着いているからね。一夏君のお嫁さんにでもどうだい?」

 

 

 柳韻の冗談に、一夏は社交辞令だろうと解釈したが、碧の心中は穏やかではなくなっていた。

 

「一夏さんのお嫁さん? あの篠ノ之さんが? 冗談でも言って良い事と悪い事があると知らないのですか、貴方は……あんな人を更識家に迎え入れられるわけないでしょうが。経歴を知っているのですよね、貴方は。記憶を失っても過去が無かったわけにはならないのですよ? 一夏さんにしてきた様々な仕打ち、忘れたからと言って許されるものではないのですから」

 

「あ、あぁ……悪かったね。冗談でも言ってはならなかったね」

 

「いえ、碧さんが過剰反応しただけで、俺はちゃんと冗談だって分かってますから」

 

 

 柳韻としては、半分くらい本気だったのだが、どうやら更識家従者の逆鱗だったらしいと理解し、一夏の言葉に便乗して冗談として処理したのだった。

 

「で、では道場に案内しよう。今は箒が型の訓練をしているところだ」

 

「そうですか。では一夏さん、参りましょうか」

 

「あの、碧さん? 何故腕を組むのでしょうか」

 

「深い意味はありませんが、こうしてたい気分なのです」

 

「はぁ……」

 

 

 追及したところで何も話してくれないだろうと理解した一夏は、そのまま腕を組んで道場へ向かう。柳韻の表情は若干引き攣っているように見えたが、そっちも深くは追及しなかった。

 

「あれが篠ノ之ですか……纏ってる雰囲気もだいぶ違いますね」

 

「邪な空気が澄み切った空気に変わってます。本当に生まれ変わったようですね」

 

「まだ判断するには情報が少ないですが、俺たちが知っている篠ノ之ではなさそうなのは確かですね」

 

 

 一点に集中し、無駄のない動きで藁人形を斬り捨てた後、箒が一夏たちに気が付きお辞儀をした。

 

「お客様ですか、父上」

 

「彼が更識一夏君だ」

 

「どうも」

 

 

 十分な距離を保っていても、箒に対する本能的な恐怖に耐えるので精一杯の一夏は、愛想なくそう挨拶をする。

 

「篠ノ之箒と申します。前の私が一夏さんに相当な仕打ちをしていたと聞かされ、誠に申し訳ありませんでした」

 

「あ、あぁ……今の篠ノ之さんに謝ってもらう事ではないですので」

 

「いえ、例え忘れていようと『私』が一夏さんにしてきたことには変わりませんので。やはり謝らせてください」

 

「分かりました、謝罪を受け入れます。ですから、そんなに重く考えないでください」

 

「本当ですか! ありがとうございます」

 

「ひっ!」

 

「あ……やはり怖いんですね、私の事が……」

 

「す、少しずつ慣れていきますので、長い目で見てください」

 

 

 感極まって一夏の手を握ろうとして、避けられた事にちょっとショックを受けた箒だったが、過去の自分の過ちが原因だと理解しているので、必要以上に一夏を責めることは無く、また一夏が努力すると言ってくれた事でとりあえずは満足したのだった。




怒ると更識一怖いんじゃないだろうか、碧さんは……

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