暗部の一夏君   作:猫林13世

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脅しともいう……


更識からのお願い

 職員室から部屋に戻ってきた美紀は、人の気配を感知しながらもそれが誰のものかを確認する余裕が無いようなため息を吐いた。

 

「はぁ……」

 

「珍しいな、美紀がそんなため息を吐くなんて」

 

「い、一夏さん!? 戻ってきていたのですか」

 

「あぁ、さっきな」

 

 

 恥ずかしいところを見られたと、美紀は顔を真っ赤にしたが、すぐに冷静さを取り戻し事情を説明する事にした。

 

「実は日本政府から電話がありまして、今週末に簪ちゃんと一緒に合宿所に来てほしいと」

 

「合宿所? 内定とかではないのか」

 

「なんとなく知ってるみたいですね」

 

「刀奈さんから呼び出された理由を聞いて、なんとなくな。他に目ぼしい候補はいないと思うのだが、呼び出して何をするか聞いてないのか?」

 

「連携や動きの最終確認をして、問題なければそのまま代表にすると言われました」

 

「随分と上からな発言ね。いっそのこと更識自体で独立して、私や美紀ちゃんと簪ちゃんも更識代表として大会に参加してやろうかしら」

 

 

 刀奈の過激発言に、一夏は苦笑いを浮かべながら軽めのチョップをくらわす。

 

「あいた!?」

 

「痛いわけないでしょ、まったく。てか、独立なんてしたらますます面倒が増えて、皆さんとゆっくり出来る時間が無くなりますよ? それでもいいなら独立でも宣戦布告でもしてやりますが」

 

「駄目! 一夏君とゆっくりできる時間が無くなるのは絶対に駄目!」

 

「私も反対。お姉ちゃんだけが独立するなら止めないけど、一夏が更に忙しくなるのは反対」

 

「簪ちゃん、ちょっとお姉ちゃんに対して冷たくない?」

 

「お姉ちゃんがべったりだから、少しくらい冷たくすれば丁度良くなると思って」

 

「とにかく、今週末と言われても簪の体調はまだ良くなってないぞ。延期してもらえないのか?」

 

「私から言ったところで、政府の人が動くとは思えません」

 

 

 更識所属とはいえ、あくまでも候補生の一人でしかない美紀には何の権限も権力もない。その事を重々承知していたので、先ほどの深いため息に繋がってしまったのだ。

 

「俺から連絡を入れておこう。せめて来週末に伸ばしてもらえるように」

 

「なんなら、私からも一言添えましょうか? 引退したとはいえ元代表ですから、それなりの効力はあると思いますし」

 

「簪ちゃんのためなら、私も一言添えちゃおうかな。現役の代表だし、聞き入れてくれないなら引退するとでも脅せば大丈夫でしょ」

 

「そこまでしなくても大丈夫だと思いますけどね。最悪デビル・シスターズと大天災を送り込めば終わりますし」

 

「それは……別の意味で終わるわね」

 

 

 終わるのが話し合いではなく日本政府の人々の人生だと理解した刀奈は、そこまでしなくても向こうが納得してくれるように強く願ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず普通に生活する分には回復した簪は、一夏たちが「お願い」してくれたおかげで延期になった代表昇格の為の試験に向けて美紀との連携の確認を行っていた。ちなみに、お願いの内容は詳しく話せない事になっている。

 

「さすが一夏だよね。あれだけ頑なに延期しないって言ってた政府をあっさり納得させるなんて」

 

「本当にあの案を実行しようとしたのかな?」

 

「それは無いと思うけど……使えるものは何でも使うが一夏のポリシーだからね……そうじゃなきゃ篠ノ之さんを更生させようだなんて思わないだろうし」

 

 

 いよいよ一ヶ月を切った箒の帰還に、簪は少し不安を抱いていた。はじめの半月では全く進歩なかった箒が、束が作った未認可の薬によって記憶を失い、まったく違う箒に生まれなおったと聞かされても、半信半疑なのだ。

 

「篠ノ之さんの事だから、一夏と対面したら襲いかかってくる可能性もあるし……」

 

「その時は私が篠ノ之さんを斬り捨てるから大丈夫だって。それに、碧さんや織斑姉妹だってその場にいるんだし、少しでも怪しい動きをしたら最後、篠ノ之さんはこの世に存在しなくなるから」

 

「何も起きなければいいんだけどね……」

 

「おーい、かんちゃーん! 言われた通り来たよ~」

 

「何故私を指名したのか分からないけど、代表になれる人の手伝いなら喜んで付き合うわよ」

 

 

 簪の不安が深まったところに、本音と静寐がやってきた。二人は連携確認の為に行う模擬戦の対戦相手として呼び出されたのだが、本音はあまり事の重要性に気付いていないようだ。

 

「久しぶりの模擬戦だし、今回こそかんちゃんたちに勝つぞ~!」

 

「本音、今回は勝ち負けにはあまり重きを置いてないと思うんだけど」

 

「ほえ? じゃあ何で呼び出されたの~?」

 

「聞いてないの? 今度この二人が日本代表に昇格するかもしれないって話を」

 

「ん~……聞いたような気もするけど、かんちゃんと美紀ちゃんなら問題なく昇格出来ると思ったから気にしてなかったかも」

 

「本音は相変わらず能天気だね……まぁ、本音が物思いにふけってたらちょっと不気味だけどね」

 

 

 美紀の言葉に、本音は両手をわきに当てて頬を膨らませる。

 

「私だって考え込む時くらいあるよ! 今日のおやつは何にしようかとか、いっちーと遊ぶにはどうしたらいいかとか」

 

「それは威張っていう事じゃないよ」

 

「ほえ?」

 

 

 簪にツッコまれ、本音は膨らませていた頬を萎ませ、何でツッコまれたのかを考え込んだのだった。その姿にリラックスしたのか、先ほどまで眉間に皺が寄っていた美紀は普段通りの表情を浮かべていたのだった。




逆らえばあっという間に戦力ダウンですからね……

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