暗部の一夏君   作:猫林13世

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呼ばれたのは当然一夏


ISの精神世界

 柳韻からの電話を切り、一夏は盛大にため息を吐いた。生まれ変わったと言ってもあの箒だ、何か問題があるのかもしれないという心配を拭い去れないのだ。

 

「大丈夫だっていっくん。いくらあの箒ちゃんだからって、記憶を失ってまでいっくんに危害を加える事はないと思うよ」

 

「そう思いたいですけどね……記憶を失った事のある人間からしたら、身体に染み込んでいた事を簡単に拭い去れないことは分かるんですよ……掃除に洗濯、料理と頭じゃなく身体で覚えてたことはしっかりと出来たんですよ」

 

「そっか……いっくんは記憶を失ったから分かるんだね。でも、いっくんの記憶喪失と箒ちゃんの記憶喪失はまったく別だから」

 

「確かに、俺は恐怖から身を守るために記憶を封じ込め、篠ノ之は束さんの薬で記憶を失ったわけですが……ただ報告を見る限り、剣道や料理はバッチリ覚えていたようなので、襲いかかられたらという不安は残るわけでして……」

 

「その時はいっくんを守る人が大勢いてくれるでしょ? それに、何事もマイナスに考えちゃダメ、プラス思考で行こうよ」

 

 

 一夏を励まそうとする束だったが、一夏は力なく笑って首を横へ振る。

 

「楽観視なんて、もう出来ない性格になってしまいましたよ……大企業のトップになって数年、楽観視してたらあっという間に出し抜かれる可能性もありましたから」

 

「いっくんがいる企業でそれは無いと思うけどね……まぁ、とりあえず箒ちゃん問題は横に置いておいて、今はサイレント・ゼフィルスの整備を終わらせちゃおうよ」

 

「そうですね。とりあえずは痛んでいた部分の修復は完了しましたので、後は外装の掃除と武装の点検を終わらせれば大丈夫ですね」

 

 

 そう言いながらサイレント・ゼフィルスの外装を拭き始めた一夏だったが、急に眩暈を起こしその場に倒れ込んでしまった。

 

「いっくん!? 大丈夫なの!?」

 

 

 不安そうに一夏の身体を揺する束であったが、いつの間にか隣に現れた闇鴉に止められ、不快な表情を浮かべ闇鴉を睨む。

 

「いっくんが倒れたっていうのに随分と冷静なんだね」

 

「原因は分かっていますから」

 

「へぇ~、じゃあ何でいっくんは急に倒れたのかな」

 

 

 棘のある言い方しか出来なかった束だが、闇鴉は気にした様子もなく淡々と問いかけに答える。

 

「サイレント・ゼフィルスに呼ばれたんですよ。なので一夏さんはISの精神世界へ向かったのです」

 

「ISの精神世界……それじゃあ、今のいっくんは中身のない抜け殻って事?」

 

「そう言うわけではありませんが……まぁ、揺すったところで起きないので止めてあげてください」

 

 

 闇鴉の説明で納得したのかは定かではないが、束はとりあえず一夏の身体を揺するのを止め、その場にゆっくりと寝かせる。

 

「とりあえず、自然に目が覚めるまでは大人しく黙ってる事にするよ」

 

「そうしてください。大丈夫ですから」

 

 

 束は闇鴉を睨みながらも、自分が何も出来ないという事を自覚し、俯きながらも倒れている一夏の表情を見て興奮していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ISの精神世界へ呼ばれた一夏は、自分の身体が浮いている事に気が付き、現実世界ではないことを早々に理解していた。

 

『申し訳ありません、一夏様。このような形でしかお話しできないものでして』

 

「いや、構わない。君はまだ俺を信用しきれていないようだし、直接話しかけて来るよりもこっちの方が安全だと考えたんだろ? 君が考えてこうしたんだという事は、ちゃんとわかってるつもりだ」

 

『ありがとうございます。ですが、私はあの人の専用機として数ヶ月過ごした所為で、一夏様を信じ切る事が出来ないようなのです』

 

「そこの設定はまだ弄ってないからな。気にすることは無い」

 

 

 身体の感覚がない一夏だが、気にするなという意思表示はしっかりと出来たようで、サイレント・ゼフィルスは少し安心した表情を浮かべる。

 

「それで、俺をこの世界に呼んだ理由はなんだ? わざわざその事を伝えたかっただけじゃないんだろ?」

 

『はい……篠ノ之箒に使われていた時の記憶を消してもらいたいのです』

 

「稼働データを消去してほしいって事か?」

 

『そうですね……あの人は私を使って大勢の人を殺めました。その本人は記憶を失ったらしいですが、私にはその時の記憶がはっきりと残っていますから』

 

「一応バックアップデータを取らせてもらうが、君がそう望むならそうしよう」

 

『お願いします。我々ISには身体で覚えるという概念はありませんので、稼働データさえどうにかしていただければあの衝撃を思い出す事はないでしょうし』

 

「まぁ、君には罪が無いわけだしね。強奪され篠ノ之に使われ、最終的には人を殺める時に使われてしまって。ちゃんとデータ消去を行う事を約束しよう」

 

『ありがとうございます。一夏さんを信じても大丈夫だと思えます』

 

 

 そう言い残して、サイレント・ゼフィルスは一夏の意識を解放した。意識が戻り立ち上がると、束が心配そうに自分を覗き込んでいた事に気付く。

 

「……何かしたんですか?」

 

「何もしてないからね!? いっくん、束さんの事を信じてないの!?」

 

「はい」

 

 

 何処に信じられる要素があるんだと言わんばかりに頷いた一夏に、束は少なからずショックを受けたのだった。




むしろ信じられていると思ってる方が驚き……

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