楯無の不幸を、一夏は出先で知らされたのだった。
「……そうですか。分かりました、今すぐ屋敷に戻ります」
携帯をしまい、一夏は鈴や他の友人に頭を下げた。
「悪い、お世話になっている人が不幸に見舞われたらしく、今すぐ屋敷に帰らなければならなくなった」
「不幸? 何があったのよ」
「つまり、お亡くなりになられてしまったんだよ」
「そう……じゃあ仕方ないわね」
遠回しでは伝わらなかったので、一夏は率直に事実のみを伝えた。小学五年生――細かい事を言えば一週間後には六年生になる一夏が使うような言い回しでは無かったので仕方ないのだが、少しくらい察しても良いのではないかと一夏は思っていた。
「悪いな。今度埋め合わせはするから」
「気にしないで。元々アタシが強引に誘ったんだから」
「そうそう、更識は忙しいんだし、凰が無理矢理誘ったんだしな」
「あによ! アンタたちだって一夏を誘おうって言ったじゃないの!」
気兼ねなく遊べる数少ない友人たちのじゃれあいを見ながら、一夏はもう一度頭を下げた。
「悪いな。それじゃあ、また今度」
クラス替えがある為、確実に会える保証は無いのだが、一夏は友人たちとはまた遊ぶ機会もあるだろうと考えていた。事実上更識を背負って立つ立場になってしまうのだが、そんな事はこんな場所で言える事でも無かったのだった。
「大変だな、更識は……」
「一夏なら大丈夫でしょ。それよりも、さっさと奥に進むわよ」
「ホント、凰は怖いもの知らずだよな。更識の事を簡単に名前で呼んだりするんだもん」
「だから、アタシはその箒とかいう子の事を知らないから何とも無いのよ! だいたい、もういないんだから、アンタたちだって名前で呼べばいいじゃないの」
「いや……トラウマがよみがえるから……」
「なにされたのよ……」
一夏がいなくなっても、鈴は変わる事無く探検を続けていた。周りの友人たちも、なんだかんだ言って鈴に付き合うのだった。
病院から帰ってきた刀奈たちは、一ヶ所に集まっていた。もちろん、この場には大人と呼べる人間は一人もい無く、一番の年長者は虚だ。不幸を完全に受け入れられるだけの人生経験は持ち合わせていない。
「お父さん……何で、この前まであんなに元気だったのに……」
「お姉ちゃんの卒業式では泣きそうになってたのにね……」
「入学式を楽しみにされていましたのに……」
「やっぱりいっちーが『楯無』を継ぐのかな」
「そうだと思うよ。一夏さんが当主候補だったんだし、他の候補者はいないし」
子供しかいない空間だが、この中に一夏はいなかった。次期当主候補という事で、大人たちの集まりに加わっているのだろう。実子とはいえ、候補者から外れた刀奈や簪は近づけなくても、次期当主であった一夏はその集まりに呼ばれるのは当然なのだ。
「そう言えば、碧さんは?」
「碧さんなら、この春開校になるIS学園の教師として働く事になったので、その手続きと簡単な説明を受けに出かけています」
「碧さん、更識を抜けるの?」
「いえ、所属はあくまで更識のままです。専用機を持った人が教員にいれば、日本のIS操縦者の質も上がるのでは、という政府の浅はかな考えが影響してるのでしょう」
「織斑姉妹は現役だしね」
入試だけは済ませてあったのだが、その他諸々の準備は最近終わったらしいので、この時期に教員採用に至ったのだった。
「碧さんがIS学園の教師になる、って事は一夏君の護衛は別の人が担当するのかしら?」
「一夏さんが『楯無』を襲名した場合、護衛は碧さんだけじゃ無くなるでしょうし、おいそれと外出する事も出来なくなるでしょうしね」
当主となれば、今までの護衛以上の人数をつける事になるだろうし、碧一人のままでは無くなるだろうという事は刀奈にも理解出来る。だが、それほど護衛に人員を割けるほど更識の戦力は万全ではない。ISの訓練は積んでいても、専用機を持っているのは碧、刀奈、そして虚の三人だけだ。ISで襲われたら一夏を護りぬける保証など何処にも無いのだ。
「何の話をしてるんですか?」
「あっ、いっちー。お話は終わったの?」
「いや、みんなにも説明しなきゃいけないからな。大人が伝えに来るより俺が伝えた方が聞いてくれるだろうからって」
確かに一夏以外が告げに来たらまともに耳を傾けなかっただろう人物が数名いるので、虚と簪と美紀は大きく頷いた。
「まず、もう分かってるとは思うが、先代の楯無様がお亡くなりになった」
「知ってるわ、この目で見たんだもん……」
「そうですね。そして、第十七代楯無を、この俺が襲名する事になった」
予想通りの内容に、刀奈も簪も驚いた様子もなく頷く。だが、一夏の話にはまだ続きがあった。
「そして、俺が高校を卒業するまで――つまり後七年か、世間には四月一日尊さんが楯無を継いだ事にする事になった」
「お父さんが?」
「子供がトップだと疑いの目を向けられるだろうから、と俺から提案した事だ。別に四月一日さんが俺の楯無襲名に反対したとかじゃ無いぞ」
心配そうな顔をした美紀を安心させるために、一夏はあっさりと事情を告げた。
「俺がコアを造れる事同様に、真実は更識内の人間だけ知っていればいい。だから、みんなも今まで通り『更識一夏』に接するようにして構わないから」
「ほえ? つまり『いっちー』のままで良いの?」
「そうだな。それから本音」
「ほえ?」
「本音を対IS用の護衛として採用する事になり、専用機を与えることとなった」
最後の言葉は、この場にいる全員を驚かせるのに十分な内容だった。
更識所属ってだけで文句は出ません