暗部の一夏君   作:猫林13世

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スゲェやりにくい、この箒……


箒の教育

 記憶を失っても、身体が覚えていたのか箒は柳韻の食事を完璧に用意していた。

 

「お父様、食事の支度が整いました」

 

「あぁ、すまないな」

 

「いえ、これくらいは当然です。お父様には多大なるご迷惑をお掛けしてたわけですし、世界の常識を教えていただいていますので」

 

 

 料理や剣道といった身体で覚えていた事は問題なく出来たが、常識や義務教育で習った事などはすっかり抜け落ちていたので、この数日間柳韻は箒に勉強を教えていたのだ。特に厳しく教えたのは、むやみやたらに人に襲いかかってはいけないという、ある意味常識の範囲内の事だった。

 

「前の私はすべての責任を他人に擦り付け、挙句の果てには竹刀や真剣で襲いかかっていたのですか」

 

「私も実際に見たわけではないが、束から送られてきた映像には、そのような行動がしっかりと映っていた」

 

「何故そのような性格に育ったのでしょうか?」

 

「私や母親も、箒の事はあまり厳しく育てなかったからな……束がISを発表してからはより疎遠になっていたし、いちいち箒の言動や行動が私たちの耳に届くことは無かったからな。あの時注意出来ていたらあるいは違ったかもしれない」

 

「ですが、私は今の私が良いです。話を聞く限りですが、前の私に嫌悪感を抱きましたし、処刑されても当然の事をしておきながら自分が悪くないなどと……一夏さんにご迷惑をお掛けしているというのに、それを認めないなんて許せませんから」

 

「やはり、あった事ない一夏君に惚れたのだな」

 

「なっ! そ、そんな不純な動機じゃありません! 私はただ、前の私がしてきたことを許せないだけであって、一夏さんは関係ありませんから!」

 

「分かりやすいのは前の箒と一緒だな。今の自分の顔を見ても、同じことが言えるかな?」

 

 

 そう言って柳韻は真剣を抜き出し、その刀身に箒の顔を映した。若干見にくかったが、箒にもしっかりと自分の顔が真っ赤になっているのが理解出来たので、慌ててその場から立ち去ろうと立ち上がり、綺麗に一礼してから駆け足で道場へ逃げて行った。

 

「稽古熱心なのは結構な事だが、実力は前の方が数段上だったな」

 

 

 いくら身体が覚えていたとしても、実力はかなり落ちている。今のままならたとえ一夏を襲ったとしても、素手で受け止められるだろうと柳韻は思っている。

 

「さて、あとはどれだけ常識を教え込むことが出来るかだが、学習などは現役の教師に任せた方が良いと思う」

 

 

 現役の教師として真っ先に思い浮かんだのは、IS学園で教鞭を振るっている織斑姉妹だったが、あの二人に常識を教えられるだけの常識があるか疑わしい。なので柳韻は織斑姉妹にではなく、一夏に電話を掛ける事にした。

 

『はい、何かありましたか?』

 

「いや、このまま私が常識を教えても構わないのだが、その辺りは君が教えた方が効率がいいと思ってな。どうだろう、まだ約束の二ヶ月は経っていないが、君が箒を育ててみるというのは」

 

『現状の篠ノ之であるなら、確かに学園に戻してもさほど危害は無さそうですが、俺も今色々と忙しいんですよね』

 

「まぁ、君の立場を考えればそうだろうな。箒が迷惑をかけて、本当に申し訳ない」

 

 

 電話越しとはいえ、謝罪という事で柳韻はしっかりと腰を折って頭を下げる。

 

『いえ、こっちが本業ですから気にしなくても大丈夫です。それに、束さんにも手伝ってもらってますし』

 

「束に? 君は今何をしているんだい?」

 

『篠ノ之の専用機として悪用されていたサイレント・ゼフィルスの整備と、それに仕込まれていた罠の解除、痛んでいる部分の修復など、そういった事です』

 

「そっか、君の本業はISの開発・整備だったね……その年なら普通、学生が本業だと思うのだが」

 

『そっちも一応はやっていますが、圧倒的にISに関わっている時間の方が長いですからね……学生を副業とまでは言いませんが、本業と聞かれて答えるならやはりこっちになってしまいますね』

 

 

 大変そうな一夏の現状を知り、やはり自分で今の箒を育てるしかなさそうだと判断した柳韻は、再び頭を下げ電話を切る。

 

「邪魔をしてしまったようだな。やはり箒は私が育てよう」

 

『最低限の常識さえ教えてくれればそれで十分ですよ。後は更識でしっかりと鍛えるので』

 

「君がそういうと重みが違う感じがするな。とりあえず、普通に生活する分には問題ない程度には育てておくと約束しよう」

 

『お願いします』

 

 

 それが合図になったのか、一夏も柳韻も同時に電話を切った。一夏との会話を終えた柳韻は、小さく息を吐いてから立ち上がり、箒が逃げて行った道場へと足を進める。

 

「あっ、お父様……」

 

「なんだ、廊下に出ただけだったのか」

 

「いえ、一度は道場に逃げたのですが、落ちついたので部屋に戻ろうとしましたらお父様の声が聞こえて……気になってここで聞いていました」

 

「そうか。一夏君に箒を任せようとも思ったが、彼も色々と忙しい身だからね。後一ヶ月もないが、箒は私がしっかりと育てる事になった」

 

「お願いします、お父様」

 

「その行動は少し違うぞ……」

 

 

 三つ指を立てて綺麗に頭を下げた箒に、柳韻は困惑気味にツッコミを入れる。何が違うのか分からなかった箒は首を傾げたが、とりあえず何か間違えたのだという事は理解出来ていたようだった。




ほんと、誰だこれ……

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