整備室の奥に到着した束が見たものは、展開され色々と繋がれたサイレント・ゼフィルスの姿だった。
「いっくん、もう始めてたんだね」
「一応準備だけはしておこうと思いまして」
「うんうん、準備の良いいっくんは大好きだよ」
どさくさに紛れて抱き着こうとした束の襟首を、闇鴉が掴む。
「この私に気配を掴ませないとは」
「私はISですので。一般的な気配は持っていません」
「じゃあ、潜入捜査とか楽勝にこなせるんだね」
「私はあくまでも一夏さんの専用機ですし、一夏さんの側を離れるわけにはいきませんので」
真面目に答える闇鴉に、一夏はため息を吐き首を左右に振った。
「この人の相手をまともにしてると疲れるぞ。話半分で構わない」
「かしこまりました、一夏さん」
「ちょっといっくん! 束さんだってたまには真面目に話したりするんだから、話半分じゃ困るよ~」
「真面目な話が半分もないんですから、それで十分です」
束の話を切り上げさせ、一夏はサイレント・ゼフィルスのデータをモニターに呼び出した。
「かなりいい加減な整備をされていたようでして、あちこちにガタがきていますね」
「三流整備士がやってたんだし、途中からはあのがさつが服を着て歩いてる箒ちゃんが自分でやってたみたいだしね~、ガタがきてなかったほうが驚きだから」
「酷い言われようですね、実の妹ですよね?」
「いっくんだって、ちーちゃんやなっちゃんに酷い事言ってるじゃない。それと同じだよ」
それを言われては何も言い返せない一夏は、話題を変える事にした。
「とりあえず心は開いてくれましたが、どうやら人間不信のようでして……」
「いい加減な整備をされて、所有者が箒ちゃんだったら誰だって人間嫌いになると思うけどね」
「そんなわけで、束さんにはデータ観測やモニターのチェックをお願いします」
「了解だよ~」
一夏が多少ぎこちない動きなのが気になったが、束は一夏に言われた通りデータ観測やモニターに異常が出ないかのチェックをするだけにとどめていた。
「いっくん、その辺りを弄るとすごい数値が観測されてるから、きっと何かあるよ」
「パッと見た感じでは何もなさそうですが……束さんの言う通り何か仕掛けられてますね」
慎重な手つきでトラップを解除する一夏を見ながら、束は楽しそうにモニターを眺めていた。
「うん、数値が正常化してきたね。それでいっくん、何が仕掛けられていたのかな?」
「サイレント・ゼフィルスに篠ノ之のいう事を聞くようにする装置っぽいですね。他の人間が触れれば爆発する仕掛けのようです」
「でも、いっくんは触れたんでしょ? 欠陥品なのかな~」
「闇鴉を通じて心を開いてもらっていたので、俺には反応しなかったようです」
爆発物を丁寧に解体し処理した一夏は、小さく息を吐いてサイレント・ゼフィルスに向き直った。
「こんなもの仕掛けられてたら人間不信にもなりますよね」
「束さんは元々信じてないけど、確かにそんなもの積まれて、あまつさえ箒ちゃんの命令に従えだなんて……どんな苦行だよって感じだよね」
「その篠ノ之も、束さんが殺したんですよね」
「殺してないよ~。ちょっと生まれなおしてあげただけで『箒ちゃん』自体は死んでないって」
「中身だけ殺したわけですか」
「あの箒ちゃんを更生出来るわけないからね。一から作り直した方が絶対に簡単だって思ったからさ~。一応父親って事になってるあの人が苦労してるのも可哀想だったし、箒ちゃんの勘違いっぷりには束さんもイラついていたからね」
一夏に近づくだけでも相当我慢していたのに、何を勘違いしていたのか一夏は自分のものだと言い出した辺りから、束は箒に対して嫌悪感を抱いていた。それでも認識出来ていたのは、一応血縁だからという事らしいが、一夏にはそんなことどうでもよかったのだ。
「とりあえず後はキチンと整備して、篠ノ之が復帰するまで休んでもらう事にしましょう」
「試運転とかしないの~?」
「篠ノ之の闘い方が染み込まれていますので、例え初期化しても動きがぎこちなくなるでしょうしね……その辺りは篠ノ之自身に修正してもらった方が確実ですし、もう更識にも人材はいませんので」
「箒ちゃんがここに帰ってくるのは何時になるのかね~? いっくん、勝負してみる?」
「遠慮しておきます。束さんの事ですから、またろくでもない事を賭けるに決まってるんですから」
「そんな事ないよ~。束さんが勝ったらいっくんと一緒にお風呂に入ろうってだけで、それほど酷くないよ~」
「……十分に酷いと思いますけどね。念のため聞きますが、俺が勝った場合はどうなるんです?」
「その時は、束さんと一緒にお風呂に入れるよ~」
「やっぱりろくでもなかったですね」
「いっくんだってお年頃なんだから、異性の身体に興味くらいあるでしょ~?」
「例えあったとしても、束さんには頼みませんよ」
周りには自分の事を想ってくれている人が大勢いるので、曲がり間違っても束に頼むなど絶対にないと断言する一夏に対して、そこまで言われてさすがにショックを受けたのか、その場に座り込んだ束。だがまともに取り合えば調子に乗ると理解している一夏は、束の相手はせずにサイレント・ゼフィルスの整備を再開するのだった。
束はろくなこと言わないな……