夜が明ける少し前、束は一夏に呼ばれたので堂々とIS学園にやってきた。
「やぁやぁ、ご苦労様」
無人機にそう声を掛けゲートをくぐると、不審者判定をされて無人機に追いかけまわされる羽目になった。
「あれ~!? 束さん、正式にいっくんに呼ばれてるのに不審者なの~!?」
「お前は不審者に決まってるだろ」
「あっ、ちーちゃん」
無人機を遠隔操作していた千冬が現れ、束はコントロールパネルを千冬から奪い取った。
「今日は束さん、いっくんに呼ばれて来たんだからね。何時もみたいに不法侵入するわけにもいかないでしょ」
「不法だと分かっているならぜひ止めていただきたいものだな」
「てか、忍び込んだっていっくんやちーちゃん、なっちゃんにバレるし、あとあの……小鳥遊だっけ? あの女にも気づかれてるっぽいし」
「小鳥遊は今でこそIS学園で教師をしているが、元々は一夏の護衛だ。気配に敏くて当然だろうな。ましてや一夏に対して邪な考えを持っているお前なら尚更だ」
「だから、今日はそういう感じで来たわけじゃないんだってば」
「えぇ、お聞きしてますよ」
千冬と束の背後から声がして、二人は咄嗟に臨戦態勢を取り、相手の姿を確認したのと同時にその態勢を解いた。
「最強の双子の片割れと大天災に気付かれずに近づけるなんて、私も捨てたものじゃありませんね」
「小鳥遊か……それで、何の用だ」
「一夏さんがお待ちですので、篠ノ之博士をお呼びに上がりました」
「ほら、今日はいっくんのお客さんとしてここに来たんだから、ちーちゃんと遊んでる暇は無いんだよ」
「正式な客だろうが、お前はこの学園に何かするかもしれないからな。警戒は続けさせてもらおう」
「いっくんと束さんの作業の邪魔をしなければ好きにしていいよ~。これは箒ちゃん対策の一つでもあるんだから、邪魔するといっくんが怒るよ~?」
一夏に怒られるかもしれないという事を突き付けられ、千冬は二歩三歩後ろに下がった。ついこの前も異臭騒動で一夏に怒られたばかりで、それほど間を空けずに一夏に怒られるのは、さすがの千冬も勘弁願いたいものがあったからである。
「それじゃあ、えっと……小鳥遊だっけ? いっくんが待ってる場所まで案内してもらおうか」
「こちらです」
束の態度にも文句を言わず、碧は一夏が待つ整備室まで束を案内する。
「それにしても、お前はいっくんに信頼されてるようだね」
「まぁ、それなりに付き合いが長いですし、姉代わりのような事もしてましたからね」
「悔しいけど、私じゃいっくんの心を開いてあげる事が出来なかった。そこだけは感謝してあげないことも無い」
「大天災に感謝されるなんて、私も随分出世したんですね」
感慨深そうに見えて、実はなんとも思っていないのがバレバレの態度で答える碧に、束は面白そうなものを見る目を碧に向けた。
「あまり興味はなかったけど、観察対象になりそうだね」
「それは本気で遠慮したいものですね」
かなり本気で嫌がった碧に、束はますます面白そうな表情を浮かべた。
「こちらです」
「案内ご苦労」
一夏が待つ整備室に到着し、碧は扉を開け束を中に入らせて自分は外で待機する事にした。中に入っても自分に出来る事は無く、中の護衛は闇鴉が担当してくれるとの事なので念のため待機するのだった。
「そんなに警戒しなくても、今日は何もしないってば」
「本当にそうであるなら、私も一夏さんもこれほど警戒しません」
「信用ないな~。まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね~」
自分が信用されていないという事を自覚している束は、楽しそうにひらひらと手を振って整備室の奥に進んでいった。
「君がいっくんの専用機ちゃんだね、こうしてちゃんと話すのは久しぶりかな?」
「そうですね。何回かお話しさせていただいたことはありますが、一対一で話すのは初めてかもしれません」
「それで、いっくんは?」
「奥でお待ちです。ここからは私が案内を引き継ぎます」
「束さん、随分と警戒されてるんだね~」
「貴女様は世紀の大天災にして災厄とも呼ばれている篠ノ之箒の姉ですからね。警戒するなと言われる方が無理があると思います」
「箒ちゃんが災厄ね~……まぁ、あれだけの事をしたんだから仕方ないけど。今の箒ちゃんはまさに大和撫子と言える状態だけどね」
束の言葉に、闇鴉は眉を顰めた――ように束には見えた。一夏が造ったISなので詳しい構造は束には分からない。だが間違いなく闇鴉は、箒に対して嫌悪感を抱いているのは分かった。
「君は箒ちゃんの事、嫌いなんだね」
「当然です。一夏さんに付きまとい、竹刀で襲いかかり、我々を悪と決めつけ排除しようとするなど、勘違いも甚だしい所業を幾つも見せられたのですから。これで嫌悪感を抱かないのは余程鈍感なのか、感情を持ち合わしていないかのどちらかだと思いますよ」
「そうだね~。束さんも、箒ちゃんの所業の数々に苛立ってたし、何度もいっくんに排除しようかって提案してたしね~」
その事は当然知っていた闇鴉は、無言で頷いて束を一夏の待つ奥の部屋まで案内する事にした。
「でも、今の箒ちゃんなら、君もそこまで嫌悪感を抱くことは無いと思うけどね」
「中身が変わったかは知りませんが、私は『篠ノ之箒』個人に嫌悪感を抱いていますので、どう変わろうがこの気持ちは変わりません」
「その辺りの柔軟性はないんだね」
「感情を有すると言っても、私はISですからね。人間のような柔軟な発想は難しいんです」
その返事に束は楽しそうに笑った。だがそれ以上無駄話はせずに、黙って闇鴉に案内されたのだった。
ISに嫌われてるのは相変わらず……