暗部の一夏君   作:猫林13世

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頑張ってはいるんですがね……


刀奈の覚悟

 何も覚えていない箒に、今まであった事を一から教えていく柳韻は、昔してこなかった子育てを今しているような気分になっていた。

 

「では、その一夏さんが私を庇ってくださらなかったら、今頃私は処刑されていたという事ですね?」

 

「そうだろうな。あれだけの事をして、生かしておく理由が国にはないだろうから」

 

「そして、前の私はその事を認めていなかったと」

 

「悪いのは一夏君で自分ではないと主張していた」

 

「そんな私を更生させようとお父様は奮闘したが、出来なかったという事ですね」

 

「さっき見せた物もそうだが、自分がやってきた事だという自覚が無かったからな」

 

 

 娘と話しているのに、何処か調子がつかめないのは、昨日までの箒とはあまりにも違い過ぎるからだろう。柳韻は言葉がキツくならないように注意しながら箒に説明を続ける。

 

「そんなお父様の前に、姉である篠ノ之束博士が現れ、私の記憶を完全に消す薬を手渡してきた、これで間違いありませんね?」

 

「束が何を考えて私の前に現れたのかは分からないが、お前の記憶が無くなったのは束の薬の所為だ」

 

「では、私は篠ノ之束博士に感謝しなければいけませんね」

 

「感謝?」

 

 

 思いがけない言葉に、柳韻は思わず聞き返してしまった。前の箒ならば絶対に口にすることが無かった単語だったという事もあるのだが、話の流れ上恨みこそすれ感謝する理由は、彼には思い当たらなかったのだ。

 

「だってそうじゃないですか。前の私は殺されても当然の所業をしておきながらそれを認めなかったのですよ? そんな私を殺してくれて、尚且つ新しい私を生み出してくれたのです。感謝してもしきれませんよ」

 

「今のお前も、前のお前に嫌悪感を抱いていたのか」

 

「当然ですよ。話を聞いただけで苛立ちますし、叶う事なら私が始末してやりたいとさえ思いました。自分の事だというのに、まるで自分が悪くないだなんて、ましてや一夏さんの所為にするだなんて……許せると思いますか?」

 

 

 物凄い剣幕で柳韻に迫る箒は、ふと我に返って柳韻に頭を下げた。

 

「申し訳ありません、お父様に怒っても仕方ありませんよね」

 

「いや、箒が怒る気持ちは私にも良く分かる。実を言うと、私も前の箒には苛立ちを感じており、更生させるのは無理じゃないかと諦めていたんだ」

 

「お父様じゃなくても、だいたいの人は諦めて当然だと思います。一夏さんだって、更生の見込みなしと判断すれば即座に始末するつもりだと思いますし」

 

「まぁ、一夏君は時に冷酷な判断をするのを躊躇わない子だからね。顔馴染み程度にしか思っていない相手なら尚更だ」

 

「直接会って謝らなければいけませんよね。いくら記憶が無いとはいえ、私が一夏さんに多大なるご迷惑をかけていたのは事実なわけですし」

 

「そうだね。だが今は、必要最低限の常識と、IS学園の重要人物の事を覚えるのが先だ」

 

 

 柳韻の言葉に頷き、箒は大人しく柳韻の話を聞く体勢を取る。素直に自分の言う事を聞く箒に若干の薄気味悪さを覚えながらも、柳韻は箒に一から色々と教え込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簪の容態は回復しつつあるが、一夏本人の調子は一向に上がってこない。授業を休んだからと言って、一夏が完全に休めるわけではないので仕方ないのかもしれないが、それでも多少なりは休めてもいいはずなのだ。だが昔からジッとしてる事が苦手な一夏は、せっかく時間が出来たのだからという理由であれこれ出来なかった事を片付けようとしてしまったのだ。

 

「一夏君、少し働きすぎだって理解してるの?」

 

「まぁ、自覚はありますけど……刀奈さんがもう少し働いてくれるのでしたら、俺も休めるんですがね」

 

「うっ……分かったわ。一夏君が休むためですものね。私が代わりに働くから、今日は一日安静にしててね」

 

「分かりました。でも、刀奈さん一人だと心配ですし、この部屋で作業してください」

 

「イマイチ信用されてない気がするけど……仕方ないのかな、今まで散々サボってきてたんだし」

 

 

 自分が信用されていない理由を理解してるため、刀奈は大人しく一夏の側で作業する事にした。ここで下手に逆らっても意味がないと理解出来るだけの良識は持っているため、一夏も最終的には刀奈を信用するのだった。

 

「お姉ちゃん、一人で出来るの?」

 

「これでも生徒会長なのよ? やる気がなかっただけで仕事は出来るんだから」

 

「やる気がないのが問題だったような気もするけど、お姉ちゃんなら出来るよね」

 

「なんとなく傷つく言い方だけど、簪ちゃんも一夏君も、少しはお姉ちゃんを信じてちょうだい」

 

「今までの経験上、お姉ちゃんを信じて碌な目に遭ってこなかったけど、今回は信じてあげる」

 

「ありがと。それじゃあ、ちゃちゃっと終わらせちゃおうかしらね」

 

「念のために言っておきますが、ちゃんと授業には出てくださいね」

 

「分かってるわよ。さすがにサボったりしたら怒られちゃうし、織斑姉妹にお仕置きされるのは嫌だからね」

 

 

 この部屋はそれなりに寮長室に近いので、刀奈がサボってこの部屋にいたらすぐにバレるのだ。一夏に念押しされるまでもなくそれを理解している刀奈は、ちゃんと授業に参加してかつ、溜まっていた仕事をしっかりと片づける覚悟をしていたのだった。




優秀な人間がいるので、どうしてもだらけてる部分が強調されてる気が……

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