箒を道場へ呼び出したは良いが、柳韻は普通に倒すだけでは意味がない事を思い知らされている。手加減しているつもりは当然ないが、箒の頑丈さは柳韻でも手を焼くレベルなのだ。
「いっそのこと真剣で……いや、相手が誰だろうと殺人には変わりない……」
たとえ相手が殺人者であろうと、法の名の下に罰を下さなければ彼女と同じ事である。柳韻はその事を重々承知しているので、立てかけてある真剣ではなく、竹刀を手に取り精神を集中させる。
「誰だっ!」
精神を集中させている時に、背後に気配を感じ柳韻は竹刀を寸止めするつもりでその気配に向けて突き立てた。
「自分の娘の気配くらい分からないものかな~?」
「お前……束か?」
「ハロハロ~! 箒ちゃんの行動に呆れたお父さんの為に現れた天才束さんだよ~」
「お前なら箒を正しい道へ戻せるというのか?」
「別に戻さなくても殺しちゃえばいいじゃん。箒ちゃんは身勝手な理由で大勢の人を殺したんだし」
「だが、個人がそのような判断をしてはならない」
「別に箒ちゃんなら、後からいくらでも正当性をでっちあげる事が出来るし、いっくんとちーちゃんたち、そして束さんが正当だと言えば、それが真実になるんだよ」
確かに一夏も千冬たちも、そして束も世界に対して多大なる影響力を持っている人物である。その人たちが正当だと認めるのなら、そこに反論する人間はいないだろう。
「いや……私は一夏君から、箒を更生させるよう頼まれたのだ。まだ一ヶ月弱残っているこのタイミングで音を上げるわけにはいかない」
「相変わらず面倒な人だな~。じゃあ、箒ちゃんにコレを飲ませると良いよ」
「これは?」
無色透明、そして無臭な液体を渡され、柳韻は首を傾げる。
「本当はトリカブトでも入れようかと思ってたけど、毒物は入ってないから安心して。あっ、でも飲んじゃダメだから」
「いったいなんだというのだ」
「それは、記憶を完全消去する薬だから。後一ヶ月以上あったとしても、あの箒ちゃんを更生させるなんて不可能だからね。だから、一から作り直せばいいんだよ」
「しかし……」
「大丈夫だって。記憶は失っても、ISの操縦とかそういうのは身体が覚えてるから、一から作り直した箒ちゃんでも、いっくんの役に立つよ」
確かに一から教育し直したいと何度思ったから分からない程、柳韻は箒にそのような感情を抱いていた。だが、記憶を消すという事は今までの箒を殺す事とほぼ同じなのではないかという疑念が柳韻を襲う。
「なんなら束さんが飲ませて来るから、お父さんはその後から教育すればいいよ」
「……いや、私が飲ませる。これは私が背負うべき罰なのだからな」
「箒ちゃん自体が罪の塊だから、罰もなにもないと思うけどね」
「一夏君へは束が報告しておいてくれ。必ず綺麗な心を持った箒にしてみせる」
「それだけ変わったら、別の意味でいっくんが戦いちゃうだろうけどね~。まっ、報告は任せて」
そう言って束は完全に姿を消した、柳韻でも気配を察知出来ないので、もうこの敷地内にはいないのだろう。
「父上、いったいいつまで私を待たせれば――っと、そのお茶は?」
「飲むか?」
「そうですね……大声を出して喉も乾きましたし、頂きます」
そのお茶を飲んだ箒は、その場に崩れ落ちた。目覚めを待つことなく、柳韻は今までの箒が死んでしまったと確信したのだった。
簪と刀奈が同じベッドで寝ているのを見て、一夏は苦笑いを浮かべた。今日くらいは一緒にいると聞かなかったので、一夏も簪も刀奈を部屋に戻すのを諦め、簪は仕方なく一緒に寝たのだった。
「仲が良いのは知ってるが、ここまでべったりだと簪が少し可哀想だな」
やれやれとため息を吐いてから、一夏は何もない空間に視線を向けた。先ほどまで何もなかった空間に気配が生まれ、その相手は一夏に向けて飛び込もうとしたが、身体が万全でない事を思い出したのか住んでの所で踏みとどまった。
「何か用ですか?」
「いっくんに報告しにきただけだよ~」
「報告? 貴女がいったい何の報告をしに来たのですか」
束が報せに来るなんて、よほどのことが無ければありえないと確信している一夏は、疑り深い視線を束ねに向け、決して聞き逃さないよう集中した。
「大したことじゃないんだけど、束さんが作った薬で、今までの箒ちゃんは死んだから」
「死んだ? 殺したんですか?」
「違うよ~? ちょっとした新薬で、記憶を完全に消す薬を箒ちゃんに飲ませただけ~。だから、今までの傍若無人で自己中心の箒ちゃんはいなくなって、一から教育した箒ちゃんが生まれるんだよ~」
「さすがに柳韻さんでもあの篠ノ之を更生させることは無理だったんですね」
「あんなの、ちーちゃんやなっちゃんでも無理だって」
「まぁ、ダメで元々のつもりでお願いしたんで、最悪死なせてしまっても弁護はするつもりだったのでいいですけどね」
「お父さんも躊躇ってたけど、いっくんたちが弁護するって言ったら決心したみたいだしね~。いっくんに対する信頼は、お父さんもだいぶ高いみたいだし」
「あの報告を見る限り、何時匙を投げてもおかしくないと思ってましたし、柳韻さんが責任もって育ててくれるなら、こちらかは何も言いません」
一夏の言葉を聞いて満足したのか、束はあっという間に姿を消し、気配も完全に消えた。一夏は大きくため息を吐いてベッドに横たわり寝る事にしたのだった。
これで綺麗な箒が造りだせる……のか?