暗部の一夏君   作:猫林13世

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妥当、だと思いますけどね


一夏の提案

 刀奈、簪、虚、本音、美紀、碧と、楯無が運ばれた病院に向かう中一夏は一人更識の屋敷に残っていた。

 

「君は行かないのか」

 

「貴方に話がありましたので、四月一日さん」

 

 

 中庭で空を見上げていた一夏に声を掛けてきた四月一日家当主、四月一日尊に一夏は振り向きながら言葉を続けた。

 

「万が一があった場合、次期当主は自分になるはずです」

 

「そうだな。ご当主様がご指名なさったからそうなるだろう。我々は君を支えるつもりだ」

 

「その事ですが、表向きは貴方が『楯無』を継いだ事にしてくれませんでしょうか」

 

「……どういうつもりだ」

 

 

 思いもよらない提案をしてきた一夏に、尊は訝しげな視線を向けた。大人びているが小学五年生、娘と同い年の少年に向けるには眼光が鋭すぎたが、一夏は怯える事もなく冷静に説明を始めた。

 

「更識は裏組織ですが、表の世界でも有名になり過ぎました」

 

「ああ、君のおかげだ」

 

「IS産業における更識の立場は、最早他企業が追いつけないくらいの技術力と供給力を兼ね備えたトップです」

 

「それも、君のおかげだ」

 

「そしてその企業のトップは『楯無』です。トップならば表の世界でも顔を出さなければなりません。現に楯無さんは会見などで表社会に顔を出していました」

 

 

 一夏が言わんとしている事が何となく理解出来た尊だが、早合点という可能性もあるので一夏に続きを促した。

 

「そのトップが代わる、まぁ不幸が起こってしまった場合は仕方ないでしょう。ですが、その代わったトップが子供では企業に対する不信感が生まれてしまうかもしれません。ですから、自分が成人するまで……いえ、せめて高校を卒業するまでは、貴方が『楯無』という事にしてもらえないでしょうか」

 

「……つまり、君がISのコアを造れる事同様に更識内では君が『楯無』だという事で良いんだな? 私はあくまでも代理――いや、影武者のような事をすればいいと」

 

「そのまま貴方が継いでくれても構いませんが、『楯無』の襲名は先代の指名が絶対だと刀奈さんから聞いていますので」

 

「そうだね。だから私たちは『もし』があった場合は君に忠誠を誓うつもりだ」

 

 

 中には思うところがある大人もいるだろうが、一夏が更識内で残した――現在進行で残し続けている功績は、今まで仕えてきた時間や血筋を凌駕してあまりある程のものにまで膨れ上がっている。暗部組織としてではなく、健全な企業としても、更識は力をつけたのだ。

 

「こんな事は言うべきでは無いのでしょうが、やはり子供だという事で舐められる可能性を孕んでしまうでしょうし、四月一日さんは楯無さんの遠縁に当たる人、代理を頼むにはこれ以上ないと自分は判断しました」

 

 

 娘と同い年――小学五年生の考えるような事では無いと尊は感じていたと同時に、この子なら立派に当主を務められるという確信を得ていた。だが、一夏が危惧している事は、まさに起こりうる事だった。

 

「……分かった。万が一があった場合、君が高校を卒業するまでは私が表の『楯無』を演じよう。この事は他の連中には私から伝えておくよ」

 

「お願いします」

 

 

 折り目正しく一礼した一夏に、尊は軽く手を上げて更識の中枢が集まっている部屋へと向かった。既に十七代目楯無の選考を始めている中枢部の人間も、一夏が十七代目を襲名する事を既定事項として話を進めていたので、この提案はあっさりと議題に挙がったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楯無が倒れてから一週間が経ち、更識家では表面上は落ち着きを取り戻しつつあった。無論、完全に落ち着く事は無く、皆楯無の回復を祈っていた。

 

「最近、いっちーも刀奈様もおね~ちゃんも元気が無いよね」

 

「仕方ないよ、楯無様がお倒れになってから色々大変なんだから……」

 

「かんちゃんも忙しそうだし、私と美紀ちゃんだけは平和なんだよね」

 

「それも仕方ないよ。私と本音ちゃんはまだ更識の仕事をまともにした事無いんだから」

 

 

 次期当主候補だった刀奈とそのお付きだった虚、その刀奈に代わり次期候補となった一夏、そして現当主の娘である簪は、それぞれ忙しそうに屋敷内を駆けまわっているのだが、この二人は相変わらずだった。

 

「本音ちゃん、宿題やった?」

 

「まだ。後でかんちゃんと一緒にやろうかな~って」

 

「簪ちゃんは学校で終わらせてたよ?」

 

「ほぇ!? 学校で終わらせるのってありなの!?」

 

「事情が事情だから、ありなんじゃないのかな」

 

 

 父親が入院しており、実家が特殊な事を踏まえて、簪は元々宿題を免除されるはずだったのだが、簪がそれを善しとせず、休み時間などを駆使して学校で終わらせていたのだ。

 

「てか、本音ちゃんも簪ちゃんが学校で宿題をやってるところを見てるはずなんだけど」

 

「そうだっけ?」

 

 

 こんな状況でも変わらない本音を、美紀は頼もしいとさえ思えていた。誰もが慌て、そして忙しなくしている中でこのマイペース、ある意味尊敬に値するだろう。そんな事を考えていた時だった、部屋に簪が飛び込んできたのは。

 

「か、簪ちゃん!? どうかしたの……」

 

「……今、病院から電話があって」

 

 

 その言葉から始まる文章は、美紀にとって受け入れがたい事実を告げるものだと瞬時に理解した。何時かは、とは思っていてもさすがに早すぎると。

 

「とりあえず病院に行こう! 美紀ちゃんも一緒に!」

 

「えっ……うん……」

 

 

 受け入れがたい――受け入れたくない事実を告げられたばかりなのに、本音はショックを受けるでもなく迅速に動いている。普段では想像もつかないくらいの動きに、美紀も面を喰らってしまった程に。

 

「刀奈様も向かわれるだろうし、かんちゃんも急いで!」

 

 

 何事にも動じない、普段はマイナス要素しか目立たなかった本音だったが、意外な時にその本領を発揮したのだった。




前回黒幕だった彼も、今回はいい人に……

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