暗部の一夏君   作:猫林13世

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暗部の人間ですしね……


不敵な笑み

 一夏がいない以上、織斑姉妹が暴走したとき止められる人間はいない。マナカが出来ないこともないのだが、彼女も彼女で万全ではないので、無茶をしたら後で一夏に怒られるかもしれないという恐怖から、自分の力にストッパーを設けてしまっているのだ。

 

「今日の実習、大丈夫かしら……」

 

「静寐、なんだかお腹痛そう……」

 

「どちらかといえば、胃が痛いわね……一夏君、何時もこんな思いしてたのね」

 

「一夏さんは慣れだと言っていましたがね」

 

「四月一日さん……」

 

 

 香澄と話していたのに、いつの間にか美紀が会話に入ってきたので、静寐は少し意外そうな顔を見せた。

 

「一夏君がいる時は兎も角、四月一日さんって基本的私たちと会話しないわよね?」

 

「そうでしょうか? 話しかけられればちゃんと答えますし、必要とあらば話しかけますが」

 

「そういうところよ。なんというか、表面上の付き合いって感じがするのよ」

 

「はぁ……一応暗部の人間として、人との繋がりは最低限にとどめておかないとそれが弱みに繋がりかねませんので」

 

「暗部って言っても、四六時中誰かと戦ってるわけでもないんでしょ? それに、今更識の名を出せば、大半はIS企業だって答えるわよ」

 

「一夏さんのお陰で、更識企業は世界最大のIS企業になりましたし、現在敵対している組織もありませんからね」

 

 

 表の世界で有名になり過ぎた所為か、更識に喧嘩を売ってくる暗部組織はほぼなくなったと言えるだろう。それも一夏の功績ではあるのだが、一夏がそれを意図していたかは定かではない。

 

「美紀ちゃんは気にし過ぎなんだよ~。もっと楽しく生きようよ~」

 

「本音はいつも楽しそうだもんね……」

 

「うん! 何事も楽しまなきゃ損だと思うんだよね~」

 

「その思考が、一夏さんを悩ませてるんですが……」

 

「いっちーは『そのままの本音で良い』って言ってくれたし、無理して変わったら私じゃなくなっちゃうしね~」

 

「……一夏さん、また無理をして」

 

 

 一夏のセリフの裏に隠された本音を理解した美紀は、この場にいない一夏に対して同情してしまった。

 

「ほえ? 美紀ちゃん、どうして泣きそうなの?」

 

「一夏さんの本音を理解しただけ……無理して変わろうとして、本音が余計な事をするんじゃないかって思ったのよきっと……」

 

「ありえそうね、それ……」

 

「美紀ちゃんもシズシズも酷いな~。私だって変わろうと思えば出来ると思うんだけど」

 

「本音が虚さんみたいに大人しく礼儀正しくなられても、それはそれで嫌だし……」

 

 

 すぐ傍に比較対象となる人物がいるので、美紀は本音の見た目に虚の言動を当てはめ、そして背筋が凍る思いをしたのだった。

 

「何だか怖いわね……」

 

「ほえ? 何を想像したの~?」

 

「何でもないわよ……ところで、オルコットさんたちがまだ来てないようだけど」

 

「もうチャイム鳴るのにね」

 

 

 雑談もこれまでという感じで話題を変えたが、確かにセシリアとラウラ、シャルと鈴の姿がアリーナには無かった。二組との合同授業なので当然鈴もいるものだと思っていたのだが、その四人の姿はアリーナの何処にもなく、美紀が感知した限り更衣室にも四人の気配は無い。

 

「マナカさん、四人の気配分かりますか?」

 

「最近更識の人は識別出来るようになったけど、その他大勢の気配は分からない」

 

「そうですか……マドカさんはどうですか?」

 

「私は、姉さまや兄さま、マナカのように広範囲にわたっての気配探知が苦手ですし、個人を識別するまでの実力はその……」

 

「ゴメンなさい……謝りますから泣かないでください」

 

 

 側にいたマナカとマドカにも分からないという事で、いよいよお手上げ状態になった美紀の背後に、急に気配が現れた。

 

「誰ですかっ!」

 

「おっと! 私よ、私」

 

「碧さん……いきなりなんでしょうか?」

 

「えっとね、オルコットさんたちは一夏さんのお見舞いをしようと部屋に忍び込もうとしたところを織斑姉妹に見つかり、今は一夏さんが綺麗にした寮長室でお説教されてるわ。その影響でこの時間の合同実習は自習となります」

 

「軽い感じで言ってますけど、結構大変な事ですよね、それ?」

 

「そうかしら? 割と何時も通りな感じだと思うけどな」

 

 

 悪友の鈴と、一夏を兄と慕うラウラはまだわかるが、何故セシリアとシャルまで忍び込もうとしたのかが、美紀には分からなかった。

 

「オルコットさんは一夏さんに恩義を感じているし、デュノアさんも同様に恩義を感じてるし、ちょっと一夏さんに憧れてる面があるからじゃないかしらね」

 

「私……何も言ってませんよね?」

 

「うふふ」

 

「こ、怖いですよ……」

 

 

 笑ってごまかした碧に、美紀だけでなくその場にいた静寐と香澄、マドカやマナカも一歩碧から距離を取った。

 

「とにかく、訓練機を使いたい人は私に言ってください。それから、第二、第三アリーナも開放しますので、模擬戦形式の訓練をしたい人も、私に申し出てください」

 

「あの、そっちの監督は誰が?」

 

「一夏さんが無人機を出してくれましたので、何かあればすぐ私に連絡が来ます」

 

「おー! さすがいっちーだ~!」

 

 

 手放しに賞賛する本音とは対照的に、美紀はまた無理をした一夏に小言を言いたい気分になったのだった。




碧も黒い面はありますよ、そりゃ……

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