四組の担任である紫陽花に簪が風邪をひいて休むと伝えるために職員室を訪れると、まっさきに出迎えてきたのは織斑姉妹だった。
「どうしたんだ一夏? お姉ちゃんに会いに来てくれたのか?」
「それとも、わたしたちと朝食を一緒に食べたいから迎えに来てくれたのか?」
「篠ノ之も大概でしたが、貴女方も負けてないんじゃないですかね」
そう言って二人を退け、一夏は紫陽花の側に移動する。普段あまり会話した事がない紫陽花は、一夏が側にやって来て緊張した面持ちで問いかけてきた。
「えっと……私に何か用ですか?」
「簪が熱を出して寝込んでいますので、今日は欠席させますので、簪の担任である五月七日先生に報告をと」
「そうですか……それで、更識さんの容体は?」
「まだ熱が引かないので、今日は大事を取って休ませる程度ですよ。そこまで先生が気にすることないです」
「そうなの……良かったわ」
生徒思いで人気の紫陽花は、簪がそれほど酷い状態ではないと知りホッと息を吐いた。
「ところで、更識さんの看病は誰がしてるの? もし大変そうなら、その子も休んだ方が良いと思うんだけど」
「簪の看病は俺が、本音には任せられませんし」
「まぁ、布仏さんの事は良く分からないけど、更識君は大丈夫なの? いろいろと忙しいでしょうし、今日は休んだ方が――」
「なら一夏も欠席でいいんだな? お前は自分自身の事を済ませるんだな」
「いえ、そこまで忙しいわけでは――」
「お前が倒れるといろいろと大変だからな。まだマナカと衝突したときの怪我が完治していないのだから、今日はゆっくり休むがいい」
勝手に話を進められ、一夏は頭痛と眩暈がしてきたのだった。それを見た紫陽花は、一夏が簪の看病をして風邪がうつってしまったのではないかと誤解し、一夏の額に自分の額をくっつける。
「少し熱いですね。やっぱり更識君も相当無茶してるんですね」
「いえ、別にそういうわけでは……」
「はい、更識君も部屋に戻る。たまには先生の言う事を聞いてくださいね」
「たまにはって、ちゃんと聞いてるつもりなのですが……」
「そうだっけ? 一夏さんはいろいろと教師に命じる事の方が多いじゃないですか」
「碧さん……絶対面白がってますよね?」
「そんな事ないですよ」
一夏が紫陽花に背中を押されている光景を見て、碧は何処か楽しそうな表情を浮かべているが、織斑姉妹がいる手前堂々と一夏を見て笑う事は憚られたのだ。
「ほら、更識君も大人しく寝ててください。いう事聞けないというのでしたら、私が添い寝してあげましょうか」
「いえ、結構です」
何故そのような結論を導き出したのかと、一層強い頭痛を覚えながら、一夏はふらつく足取りで部屋まで戻っていったのだった。
「紫陽花、ちょっと校舎裏まで来てもらおうか」
「なに、すぐに終わるから」
「な、何で怒ってるんですか……?」
「紫陽花は天然だもんね」
「小鳥遊先輩? 何で織斑先輩たちは怒ってるんですか?」
「一夏さんに添い寝するなんて言えば、大抵の人は怒ると思うわよ?」
「えっと……なんだか小鳥遊先輩も怒ってます?」
自分がそれほどの事を言った覚えはない紫陽花は、先輩三人が怒っている理由が分からなかった。紫陽花にとって一夏は可愛い生徒であり、それ以上の感情は無いので、大人しく寝かしつけるために添い寝をすると言ったに過ぎないのだ。だが三人にはそうは思われていないようで、紫陽花はゆっくりと後退りながら職員室から逃げ出したのだった。
紫陽花に部屋に追いやられた一夏は、制服から普段着に着替えベッドに倒れ込んだ。
「あれ? 一夏どうしたの?」
「いや、五月七日先生に簪が休むって言いに行ったんだが、流れで俺も休む事になった」
「何で?」
「簪の看病と、その他諸々で疲れてるだろうからって」
額をくっつけられたりもしたが、その事は言う必要がないので簪には黙っていた。
「それで、一夏も部屋で寝る事にしたの?」
「黙って授業に出てもいいんだが、その場にいた織斑姉妹にも知られてるからな……授業に出たりしたら、あの二人の事だから何をするか分かったもんじゃない……」
「強制的に一夏を寝かしつけたりしそうだね……」
「それどころか一緒に寝るとか言い出しかねない……」
「ありえそうで嫌だね……私も、お姉ちゃんならありえるかもって思うと、一夏の気持ちが良く分かるよ」
刀奈と織斑姉妹では比べ物にならないが、それでも簪が自分の気持ちを理解してくれた事が一夏には救いだった。
「それに、私も一夏にはゆっくり休んでもらいたかったし、五月七日先生には感謝しなきゃね」
「まぁ、多少思い込みは激しいみたいだが、いい先生であることは違いないだろうな」
「学園の中でも、かなりの良識人の部類だと思うけどね」
「世間一般の良識人と比べればそうでもないが、この学園内なら間違いなく上位だろうな」
「この学園、変人が多いからね……織斑姉妹に始まり、それ以外にもだいぶぶっ飛んでる人もいるし……お姉ちゃんとか」
簪が残念そうに刀奈の名を告げると、一夏は苦笑いを浮かべ、そして絶望に満ちた表情を浮かべる。
「実姉二人と義姉が変人扱いされた俺はどうすればいいんだ……」
「なんかゴメン……」
「簪が悪いわけじゃないがな……」
実際自分たちも変人の部類なのだろうと理解してるが、それでも絶望せずにはいられなかった一夏であった。
天然って、結構最強の部類ですよね、恋愛においては……