暗部の一夏君   作:猫林13世

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序盤はさすが刀奈の妹、って感じになってますね……


風邪ひき簪

 放課後の訓練を終えて、簪と美紀は汗を流す為にシャワー室へ向かった。

 

「美紀……」

 

「なに?」

 

「また大きくなってる……」

 

「なにが?」

 

 

 簪の視線を辿り、彼女が何を見て大きくなったと言ったのかを理解した美紀は、慌てて胸を自分の腕で隠し、身体を捻った。

 

「何処見てるの!」

 

「まさか、毎夜毎夜一夏に大きくしてもらってるとかじゃないよね」

 

「怖い! 簪ちゃん怖いから」

 

 

 鬼気迫る勢いで美紀に詰め寄ってくる簪は、想像を絶する恐ろしさであった。

 

「普通に成長しただけだって。一夏さんは関係ないよ」

 

「普通に成長……私なんて、もう成長止まってるのかな……」

 

「気にし過ぎだって。ほら、一夏さんはあまり大きさとか気にしないから」

 

「お姉ちゃんは大きいのに、何で私は小さいんだろう……」

 

「と、とりあえず身体を拭いて服を着ようよ。もう秋もだいぶ深まって寒くなって来てるんだし、風邪引いちゃうよ」

 

 

 美紀に背中を押され、とりあえず更衣室で身体を拭き服を着た簪だったが、その間も視線は美紀の胸に釘付けであった。

 

「羨ましい……ちょっと触っていい?」

 

「へっ!? 簪ちゃん、ちょっと刀奈お姉ちゃんみたいだよ!?」

 

「秘訣を知りたいの……私だって少しは大きくなりたいの……」

 

「ちょっと!?」

 

 

 もう触られると覚悟した美紀は目を瞑り身構えたが、何時まで待っても簪の手が伸びてこないのを不審がり目を上げると、顔を真っ赤にして倒れた簪が目の前にいた。

 

「えっ!? ちょっ……何がどうしたっていうの!?」

 

 

 慌てて簪に駆け寄り、抱き起そうとして、簪の身体が熱い事に気付く。

 

「これって、風邪をひいたって事よね……そう言えば今日の訓練中に調子悪そうだったけど、ほんとに体調不良だったなんて……でも、どうやって簪ちゃんを部屋まで運べば……」

 

 

 小柄な美紀では、簪を背負って部屋まで運ぶことは叶わない。かといってこの場所に一夏を呼び寄せるのは、互いに勇気がいるのだ。

 

「知り合いの中で大柄な人は……もう、簪ちゃん。これは貸しだからね!」

 

 

 思いついた大柄な人は、こういうことを手伝ってくれそうにないし、今は長年離れ離れになっていた妹との至福の時間を過ごしてるはずなので、電話などしたら殺されるかもしれない。そう思いいたった美紀は、覚悟を決めて一夏をこの場所に呼ぶことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の気配を感じ、簪はゆっくりと目を開けた。まず視界に飛び込んできたのは、自分の部屋とは少し違う感じがする天井だった。

 

「ここは……?」

 

「目が覚めたか」

 

「一夏……? ここは一夏の部屋?」

 

「本音には看病を頼めないからな。美紀に頼んで、今日は向こうの部屋で寝てもらう事になった」

 

「えっと……私、倒れたの?」

 

「体調悪いなら無理するな、完全に風邪だ」

 

「ゴメン……」

 

 

 体調が悪い事は感じていたが、無理をした覚えはない。だが実際倒れてしまったのだから、簪に反論する気持ちは無かった。

 

「ところで、私は何処で倒れたの? 訓練の後半から意識が朦朧としてたような気もするんだけど、美紀と一緒にシャワーを浴びた記憶もある……あれ? 美紀の胸が大きくなったって話をした記憶もある」

 

「簪が倒れたのは更衣室だ。着替え終わってたからよかったが、そうじゃなければ俺が運ぶことも出来なかっただろうな」

 

「うぅ……恥ずかしい」

 

 

 自分が倒れた場所を知り、簪は妙に恥ずかしい思いをしていた。服は着ていたし、アリーナの更衣室は一夏も使う事があるので気にすることは無いのだろうが、それでも何故か恥ずかしい思いをしたのだった。

 

「あまり気にするな。余計に熱が上がるぞ」

 

「う、うん……」

 

「後で本音に頼んで寝間着を持ってきてもらうから、それに着替えてゆっくり休め」

 

「ありがとう……? ところで、このベッドって美紀が使ってる方だよね?」

 

「ん? 当然だろ。それとも、俺が使ってる方が良かったか?」

 

「ううん! こっちでいい!」

 

 

 力いっぱい否定し、首を横に振ったために、眩暈に襲われた簪はその場に倒れ込んだ。

 

「忙しいやつだな……とりあえずおかゆ作ったから、食べるか?」

 

「うん……でも、たぶん自分じゃ食べられないかも……一夏、食べさせてくれる?」

 

「今日だけだからな」

 

 

 弱ってる簪を見捨てるほど、一夏は人でなしではない。そもそも基本的真面目な簪や美紀に対しては、一夏は甘いところがあると刀奈が言っていた事がある。事実その二人は滅多に一夏に怒られないが、それは怒られるようなことをしてないからであり、別に甘いわけではないのだ。

 

「熱いから気を付けろよ」

 

「フーフーして?」

 

「なんだ、随分と甘えてくるな」

 

「今日だけ。今日だけだから……」

 

「分かった、今日だけだな」

 

 

 そう言っておかゆを冷ましてから簪の口へ運ぶ。風邪で味覚もマヒしているはずだが、簪は今まで食べてきた中で一番美味しい、そう感じていた。

 

「やっぱり一夏って料理上手だよね」

 

「なんだいきなり。おかゆなんて誰でも作れるだろ」

 

「ううん、私はたぶん無理。虚さんも……きっと」

 

「まぁ、誰にでも得手不得手はあるから、そう気にするな」

 

 

 頭を撫でられ、二口目のおかゆを口に運ばれながら、簪は風邪をひくのも悪くないかもしれないと思っていたのだった。




甘えてる簪、ちょっと可愛いですね

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