生徒会室に戻ってきた一夏を出迎えたのは、虚から逃げてきた刀奈だった。
「一夏君、助けて!」
「お嬢様! この仕事だけはちゃんとやってくださいと言ったじゃないですか!」
「……刀奈さん、仕事はちゃんとしてください」
「したもん! でも追加された分はちょっと……」
「刀奈さんは生徒会長なんですから、しっかりとしなきゃダメですよ」
刀奈と目を合わせ、諭すように一夏が言うと、刀奈は少し顔を赤らめたが、素直に虚に頭を下げた。
「ゴメン、虚ちゃん……私、もうちょっと頑張ってみる」
「そうしてください。お嬢様はやれば出来るんですから、もっと頑張った方が良いですよ」
「虚さんも、あまり頑張れとかいうと、刀奈さんのやる気をそいでしまいますから、もう少し刀奈さん自身にやる気を起こさせるような事を言った方が良いですよ」
「兄さま、なんだかお母様みたいですね」
「……マドカ? 性別上、俺は母親にはなれないんだが」
「まぁ、私も母親というものを知りませんが、今の兄さまはなんだかそんな感じがしました」
一夏もだが、マドカも母親の愛情など知らずに育ってきた。だがそんなマドカが母親っぽいと感じるほど、今の一夏にはオカン属性が備わっているのだった。
「確かに一夏君は、掃除洗濯何でも出来て、料理も美味しいし、私や本音の世話や、仕事をさせるような言葉を掛けてくれたりして、お母さんみたいな感じはするわね」
「刀奈さんまで……」
「ゴメンゴメン。でもね、一夏君がいてくれるから、私や本音もある程度自由に出来てるし、一夏君が仕事を割り振ってくれるから、私や本音も自分が出来る仕事をさせてもらってるんだなって思って」
「そう思っているなら、任された仕事はしてくださいね?」
「ぜ、善処します……」
満面の笑みで自分を見て来る一夏に、刀奈は背筋が凍る思いをした。普段あまり笑みなど浮かべない一夏が笑みを浮かべた時、それは機嫌が悪いサインでもあるのだ。
「と、ところで一夏君たちは何処に行ってたの?」
「苦情の原因を片付けに」
「苦情?」
「姉さまたちが生活している寮長室から異臭がすると投書がありましたのね、兄さまと一緒に寮長室へ行ってました」
「また織斑先生たちですか……本気で契約を見直した方が良いのではないでしょうか?」
「でも、指導力は確かだし、他所の国で指導して強敵を育てられても困るのよね……」
生活力は無くても指導力は秀でているので、学園としても織斑姉妹の処分には困っている。今年からは一夏が入学してくれたお陰で多少はマシになっているのだが、それでも頭を悩ませることは多いのだ。
「本気で給料カットなどして、自分たちがどれほど無駄遣いをしていたのかを知らしめようとも思いましたが、寮長室で生活してる以上、金の使い道など酒にしかないんですよね……」
「追い出せばいいんじゃないの? そうすれば千冬さんたちだってきっと……」
「刀奈さんは、周辺住民に異臭騒ぎに巻き込まれろと言うんですか? ただでさえ織斑家がどうなってるか分からないというのに……」
「ご、ごめんなさい……」
鬼気迫る一夏の表情に、刀奈は思わず頭を下げてしまった。
「とりあえず、今度異臭騒ぎを起こしたら寮長は碧さんに代わってもらうと脅しましたし、少しは改善される事を願いましょう」
「一夏君、視線が明後日の方を向いてるんだけど……」
全く信じていないのが見て取れる一夏の表情に、刀奈たちは一夏に同情したのだった。
一夏が生徒会室でそんなことを話しているなど露知らず、千冬と千夏はマナカとの時間を満喫していた。
「一夏もマドカもなかなか相手してくれないからな」
「こうしてマナカと過ごすのは非常に嬉しいぞ」
「私は苦痛でしかないんだけどね……そもそも、何で私がこんな目に」
「罰なんだろ? 甘んじて受け入れろ」
「私たちはマナカと一緒にいられて嬉しい、マナカは私たちといる事で過去の罪を清算出来るんだから、どちらにとっても良い事じゃないか」
「こんな苦行を強いられるなら、大人しく刑務所にぶち込まれた方がましよ……しかも、オータムが私を見るたびに同情してくるなんて耐えられないし」
付き合いの短いオータムですら、織斑姉妹と生活するという事がどういうことかを理解しているので、そのような罰を課せられたマナカに同情しているのだ。
「家族と過ごすのは当然だと思うんだが」
「いっそのこと一夏やマドカもここで生活してくれないだろうか」
「お兄ちゃんもマドカも、絶対に来ないと思うわよ……それだけは断言できる」
「一夏がいれば、何時でもきれいな部屋で、毎日おいしいごはんが食べられるというのに」
「一夏を嫁に迎えられる奴は、きっと幸せになるだろうな」
「……いくら男女が逆転してるからとはいえ、お兄ちゃんはお嫁さんにはならないわよ。そもそも、バリバリ働いてる人を捕まえて嫁って……お兄ちゃん怒ると思うんだけど」
大企業のトップなんだからという概念は、この姉たちの中には無いみたいだと理解したマナカは、盛大にため息を吐いて一夏が用意してくれた料理を食べ、思わず泣きそうになってしまったのだった。
「……私よりもはるかに美味しいんだけど」
これなら確かに嫁に迎えたくなると、自分の中の考えが揺らいだ瞬間であった。
嫁候補ではあるが、実際にはなぁ……