いくらふくれっ面をしようが、刀奈が専用機を前にして興奮している事を一夏に隠し通せるはずもなかった。だが一夏はその事は一切指摘せずにフィッティングとパーソナライズの準備を進めていく。
「蛟……ねぇ……」
『お気に召しませんか?』
「ふぇ!? な、なにこの声……」
『驚かせてしまいましたか。私は貴女の専用機となるものです。名称は先ほど貴女が呟いたように「蛟」です』
「あっ、これがISの声なんだ……」
確認の意味を込めて一夏の方に視線を向けると、笑顔で頷いたので刀奈も受け入れる事が出来た。もし何の反応も示してくれなかったら、こんなスムーズに受け入れる事は出来なかっただろう。
「お嬢様もISの声を?」
「も、って事は虚ちゃんにも聞こえてるの?」
「そちらの声は聞こえませんが、丙の声はシッカリと……」
隣で同じように驚いた表情を浮かべている虚がいる事も、刀奈がすんなり受け入れる事が出来た要因だったのかもしれない。
『とにかく、私と隣にいる丙は対となる機体。私の属性が水なのに対して彼女は火。私は蛇で彼女は鴉。属性では私が、生物としては彼女が優位になるように造られた第三世代型ISです』
「「第三世代!?」」
おそらくは丙から同じような説明を受けていたのだろう。刀奈と虚が驚きの声を上げたタイミングは、寸分違わぬものだった。
『何をそんなに驚いているのかは分かりませんが、一夏様は既に第二世代型である「木霊」、そして訓練機扱いにはなっていますが第二世代の「打鉄」と「ラファール」の生産に成功しています。第三世代型ISの製造に着手していても不思議は無いと思うのですが?』
「だ、だって……漸く世間では第一世代のISが安定して生産出来るようになったのに」
「一夏さんの凄さには驚きますよ……」
刀奈の言葉を継いで、虚も驚きのコメントを発した。その間一夏は一切会話に加わらずにキーボードをたたき続けているのだが、そのスピードは二人が見てきた大人の誰よりも早く、また誰よりも正確な動きをしていた。
『説明に戻りますが、私は基本武装が槍です。貴女が希望した通りの武装になっていますので確認をお願いしたい』
「りょ、了解……」
蛟に言われた通りにモニターを開き武装を確認する刀奈。確かに自分が一夏に希望を出した通りの武装がそこに表示されていた。
「凄い……私が思い描いていた通りの武装だわ……」
『しかし、何故水なんです? 属性で言えば丙の火の方が有効だと思うのですが』
「陽炎じゃつまらないじゃない。私が造りたかったのは残像でも幻影でも無く別の私。水で作った私を囮にして背後や上空から攻撃したいの」
『別に幻影でも残像でも同じ事は出来たと思いますが……まぁ、貴女がどう使うかはこれから楽しみにしてますよ』
「よろしくね」
一通りの説明、挨拶が済んだタイミングで一夏はフィッティングとパーソナライズを終了させたのだった。
「あっ、一応言っておきますけど、木霊同様に蛟の声も、丙の声も原則所有者である刀奈さん、虚さんにしか聞こえませんので、会話をする際は心の中で喋ってください。不審者だと思われたくないでしょうし」
「原則?」
「俺には聞こえてますから」
唯一の例外である自分を指差して、一夏は簡潔に説明を済ます。ただ簡潔ではあったが二人にはそれだけで十分で、同時に納得したように頷いてそれぞれの機体に意識を戻したのだった。
専用機を手に入れた二人が研究所から出ていこうとしたタイミングで、碧が駆けこんできた。最近は滅多に出入りする事の無かった碧が研究所にやってきたので、刀奈も虚も、一夏でさえも驚きを表した。
「どうかしましたか?」
「た、大変ですお嬢様! ご当主様が!」
「お父さんが?」
何を慌てているのか、刀奈にはその事が全く分からなかった。普段冷静な碧がこれ程慌てているのだから、何となく想像はつきそうなものなのだが、生憎刀奈はそっち方面の勘は鋭く無かったのだ。
一方でこちらの勘も鋭い虚と一夏は、次の言葉がどのような意味を持っているのかを理解し、今の立場ではいられなくなるのだろうという事を正確に理解していた。そして覚悟もしていた。
「ご当主がお倒られになられました! 現在病院に運ばれておりますが、意識を回復するかは五分五分かと……」
「えっ……だってさっき会った時はあんなに元気だったのに……」
「はい、私がご挨拶に伺った時もお元気でした……」
「医師の診断では急性心筋梗塞だと……」
刀奈、虚、碧の三人が慌てている中で、一夏だけは慌てる事無く静かに目を閉じていた。何かを覚ったような、何かを覚悟したような表情を浮かべているが、その事を指摘できる余裕は三人には無かった。
「一先ずここから出ましょう。より詳しい情報は外に出なければ分かりませんし」
「そ、そうですね。お嬢様は急ぎ病院へ。一夏さんと虚さんは屋敷でお待ちください」
「簪ちゃんは? あの子はどうしたの?」
「簪様も病院へ向かわれていますが……」
「な、なに?」
言い淀んだ碧に、刀奈は恐る恐る尋ねる。妹である簪が――年下の少女が、父親が倒れたと聞かされて冷静を保てるはずが無いと分かっているからこそ、刀奈は恐る恐る尋ねたのだ。
「大分動揺されていたご様子なので、美紀ちゃんと本音ちゃんが付き添って向かわれました」
「虚さん、刀奈さんについていってあげてください。こっちは俺が引き受けますので」
「分かりました。お嬢様、参りましょう」
「う、うん……」
つい先ほどまで専用機を手に入れた喜びでいっぱいだった心は、父親を失うかもしれないという焦燥感でぽっかりと穴が開いたような感じになってしまっていた。そんな中でも、一夏と虚は冷静を装っているのを見て、刀奈はこれが現実では無いのではないかという錯覚に陥ってしまったのだった……
常に冷静な人間っているんですよね……