一夏が誘拐され、更識家に保護されてから数日後。更識家に怖い顔をした女子高生二人がやって来た。
「スマンな、小鳥遊。わざわざ案内させて」
「ごめんなさいね。千冬が無理を言ったようで」
「いえ、弟の心配をするのは当然だし、理不尽に攫われて酷い目に遭わされた弟を心配するのは当然だと思います」
碧と千冬には面識があったが、千夏には無かった。だが初対面ではあるが、別に緊張するような性格でも無ければ、そのような精神状態でも無かったのだ。
「それで、一夏を攫った阿呆共は何処だ?」
「それより先に一夏の様子でしょ。まったく千冬は猪なんだから」
「お前だって似たようなものだろ!」
突如始まる姉妹喧嘩。普段は一夏が止めに入ってくれるのであまりひどい事にはならないのだが、生憎今一夏はこの場にはいない。いたとしてもこの二人を止められる状況では無い。
「あの…一夏さんに会うにしても、犯人たちを痛めつけるにしても、喧嘩は止めてもらわないと困るんですけど」
「「……すまない」」
碧の冷静なツッコミを受け正気に戻る織斑姉妹。熱くなりがちだが、冷静さを取り戻すのも早いので有名な姉妹なのだ。
「それで、どっちが先なんです? 一夏さんに会うのが先? それとも犯人たち?」
「そうだな……千夏の言うように、先に一夏の様子を見たい」
「そうですか。一夏さんは今中庭にいますよ」
碧に案内してもらおうとして、千冬は何かを思い出したように立ち止った。
「待て……確か小鳥遊は方向音痴だったよな」
「そうなの?」
「え、ええ……ですので、ここから先は別の人が案内します」
更識家に仕えている侍女が待機しており、碧はその侍女に二人の案内役を任せた。
「それで、一夏は何処にいるんだ」
たった数日会わなかっただけだが、この二人にはその数日は永遠に等しい時間だった。重度のブラコン、それがこの二人に相応しい称号だ。
「一夏さんは先ほど小鳥遊が申し上げましたように、中庭で遊んでおられます」
「一人でですか?」
「いえ、お嬢様たちとご一緒です」
「お嬢様? そう言えば一夏と年の近い女の子がいるんでしたね」
侍女の言葉に千夏が反応する。千冬も同じように反応したが、声に出したのは千夏だった。
「はい。一夏さんはご当主様のご息女である刀奈お嬢様と簪お嬢様、その専属従者の布仏虚と本音姉妹、そしてご当主様の遠縁に当たられる美紀様とご一緒でございます」
「全員女……だと」
「何か問題でも?」
千冬が絶句してみせたので、侍女は何となく訊ねる。特に深い意味は無く、彼女的には世間話程度の感覚だったのだ。
「問題ありだ! 一夏の周りに虫が付くではないか!」
「虫……ですか」
「千冬、今はそんな事言ってる場合じゃないわよ! あの束の妹なら兎も角、良家のご息女ならいきなり一夏を押し倒したりはしないわよ」
「そ、そうだな……すまない、取り乱した」
「いえ、落ち着かれたのなら幸いです」
とある事件の後、千冬と千夏のブラコン指数は大幅に跳ね上がり、一夏と親しくしようとしている女子を片っ端から泣かせるという暴挙に出た事もある。もちろん一夏にバレて怒られたのですぐに止めたのだが……
「それで、一夏の様子はどうです? 落ち着いてきましたか?」
「その事ですが……お嬢様方たちとご一緒の時は明るい表情も見受けられますが、我々侍女や従者が近づくと途端に物影に隠れたり、酷い場合は視界に入っただけで逃げ出したりする始末です」
「そこまでなのか……」
一夏がどんな目に遭ったのか、どんな状況なのかは碧から聞いていた。だがそこまで酷いとは二人とも思っていなかったのだ。
「何とかご当主様だけでもと思ったのですが、大人の男性は特に怖がってしまうんですよ」
「つまり、一夏を攫ったのが男で、そのトラウマが心に植わってるという事だな」
「ハッキリ申し上げればその通りです。ですが、男性だけではなく女性にも恐怖を抱いているのを見ると、もしかしたら我々が助け出す前にあの場所に女性がいたのかもしれません」
「なるほど……」
そうこうと話していると、向こう側から聞きなれた声が聞こえてきた。聞き間違えるはずもなく一夏の声だ。二人は侍女を押しのけて中庭へと急いだ。
「「一夏!」」
「ッ!?」
突如声を掛けられ、一夏は飛び上がるような仕草をして刀奈の背中に隠れる。そして一夏を護るように刀奈の周りに他の四人も集まりバリケードを作る。
「失礼ですが、貴女たちは一夏君とどのような関係でしょう」
一夏を護るように前に出て刀奈が問いかける。とても八歳の少女とは思えないほどしっかりとした口調だったのだが、良く見れば足が震えていた。
「私とコイツは一夏の姉だ」
「お姉さん? 一夏ってお姉さんがいたの?」
「分からない……」
千冬の言葉に簪が反応して一夏に問いかけるが、当然の如く一夏には家族の記憶すら残っていないので答えはこうだった。
「間違いありませんよ。こちらの織斑千冬さんと千夏さんは、一夏さんのお姉さんです」
「あっ、碧さん。今日は早かったね」
「……さすがに迷いませんよ」
何日も続けて中庭に足を運べば、重度の方向音痴である碧でも道を覚える。本音の無邪気な問い掛けに、碧は苦笑いを浮かべた。
「だけど残念ですね。一夏さんには自分の名前以外の記憶は残ってません。私の事も当然ながら、千冬さんと千夏さんの事も覚えていませんよ」
「なん……だと……」
「聞いてはいたけど事実だったとは……この世に神はいないのか……」
膝から崩れ落ちる千冬と千夏。そんな二人を一夏と五人は不思議そうな目で眺めていたのだった。
どこかの並行世界には、立派な織斑千冬が存在しているのでしょうが、自分の作品ではやっぱり残念なブラコンに……