暗部の一夏君   作:猫林13世

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最初から分かってるでしょうに……


知らず内に

 参加応募期間が終了し、一夏たちは参加者の顔ぶれを見て楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「ダリル先輩は参加するようですね」

 

「復学してからは真面目に授業に参加してますし、放課後の訓練でも実力の差を見せつけてますからね。他の相手とも戦いたくなったのだとしても不思議ではありません」

 

「逆にフォルテちゃんは出ないみたいね。訓練で満足してるようだし」

 

「サラ先輩も出るようですし、専用機持ちの方は誰が勝ち抜いてもおかしくない顔ぶれですね」

 

「簪お嬢様や本音、美紀も出るようですし、その他の更識所属の人間も参加するようですしね」

 

「一夏君やマナカちゃんは、身体が万全じゃないから参加しなかったのよね?」

 

「俺は万全でも出る気はないですがね」

 

 

 この顔ぶれの中に飛び込んだとしても、勝てないと分かっている一夏は、最初から裏方に徹するつもりだったのだ。

 

「お嬢様は何故参加しなかったのでしょうか? お嬢様の実力なら、十分優勝が狙えると思うのですが」

 

「これでも一応第二回モンド・グロッソの優勝者ですから……解説に徹する事にしたのよ」

 

「ただたんに面倒だっただけでしょ? 刀奈さんは簪の闘いを間近で見たいからって解説を買って出たんじゃないですか」

 

「一夏君! その事は虚ちゃんには内緒だって……あっ」

 

 

 そんな事ないと否定すればよかったものを、刀奈はあっさりと墓穴を掘った。一夏の口調では本気か冗談か判断しかねる具合だったのに、刀奈の言葉がはっきりと事実であると裏付けさせてしまったのだった。

 

「まぁ、お嬢様が参加したら、パワーバランスが崩れていたでしょうから、今回は大目に見る事にします」

 

「良かった……でも、そんなこと言ったら虚ちゃんだって参加してないじゃない? 虚ちゃんならダリルさんや簪ちゃんとだっていい勝負が出来るんじゃないかしら」

 

「私は表舞台で華々しく戦うなんてガラじゃありませんから。一夏さんのサポートもしなければなりませんし、後輩たちの成長をじっくりと見るには、参加者よりも裏方の方が良いですから」

 

「まぁとにかく、これだけ参加してくれるのはありがたい事ですね。人の闘いを見るのも勉強になりますし、参加しなかった人も勉強になるようなイベントにしていきましょう」

 

「一夏君、やっぱり私の代わりに会長やらない?」

 

「やりません。俺が代わったら刀奈さん、本気で生徒会の仕事をやらないつもりでしょうし」

 

「そ、そんな事ないわよ? 今だってやれと言われればやるもん」

 

「刀奈さんの立場的に、言われる前にやらなければならないと思うのですが」

 

「難しい事分からないもーん」

 

 

 刀奈の子供のような対応に、一夏と虚はそろってため息を吐き、同時に苦笑いを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柳韻に心を砕かれて数日、箒は抜け殻のように毎日を過ごしていた。

 

「私は井の中の蛙だったのか……? 力を手に入れたと思っていたが、手も足も出なかった……」

 

 

 たとえISがあったとしても、柳韻には敵わないだろうと知らしめられてしまった箒は、かつての自信を失い、何もする気にはなれなかった。

 

「織斑姉妹や一夏ですら私には苦戦していたはずなのに……何故父上には敵わなかったんだ……」

 

 

 実際は織斑姉妹も一夏も、箒に苦戦していたわけではなく、本気で相手する気になれなかっただけなのだ。一夏が本気で相手にしない以上、更識所属の人間も箒を本気で排除しようとは動かなかった。もちろん、一夏に危害を加えたとしたら別だったかもしれないが。

 

「父上が不正などして私に勝ったわけではないことは、あの空気を感じた者なら誰でも分かるだろうし……」

 

 

 腐っても剣士の端くれとして、あの試合に不正など無かったことは重々承知していた。だからこそ、箒は自分が信じていた事に疑いを持ち始めたのだ。

 

「もしかしたら、織斑姉妹も姉さんも、一夏に洗脳されたわけじゃないのか……? だが、そうではないとすると、あの変わりように説明がつかないんだ……いきなり私を目の仇にするような行動が増えたのは、一夏がそうしろと操っていたからに違いないのに……」

 

 

 ここまで来てもなお、自分が悪いという考えに至らないのは、ある意味賞賛される事なのかもしれない。ここまで勘違いをしていてられるというのは、一種の才能だと言えるだろう。

 

「父上の剣技には、何の邪念も含まれていなかった……それはつまり、一夏が邪魔をしていたというわけではないと言う事……だが、一夏が何の邪気も無く人を操れる術を手にしていたとしたら……いや、そんな技に惑わされる父上ではないことは、織斑姉妹が敬意を示している事から分かる……だとすればやはり一夏は間違っていなくて、私の方が間違っていたと言う事になるが……そんなことはあり得ない」

 

 

 考えがまとまらず、箒は何もない部屋から空を見上げた。

 

「どこかにまだ、私が考え付かないような何かが潜んでいるのだろうか……それとも……いや、これだけは絶対にありえない。一夏が正しく、私が間違っていたなどと言う事は……」

 

 

 既に答えにたどり着いているにも関わらず、箒はそれを頑なに受け入れようとはしなかった。そんな娘を、柳韻はどう矯正するかと頭を悩ませていたのだった。




頑なに認めない、それが箒クオリティー……

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